妊娠することがゴールになっていた… 元宝塚トップ瀬奈じゅんさん、特別養子縁組で母に

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特別養子縁組で母親になった瀬奈じゅんさん(瀬奈さん提供)

 晩婚や未婚の人が増えた平成時代には、家族の形も多様化した。元宝塚歌劇トップスターで女優の瀬奈じゅんさん(44)は2018年2月、実親が育てられない赤ちゃんと特別養子縁組を結び、母になったことを公表した。縁組の経緯や今の生活などについて、瀬奈さんからさらに詳しく聞いた。

 -約2年間、不妊治療を続けた。

 「舞台の仕事はほとんど入れずに、体外授精を7回繰り返しました。ホルモン治療の薬が合わず、精神的にも体力的にも追い詰められて。ある日、友人から妊娠の知らせを受けた時、『心からおめでとうと言えなくなってしまう』とはっとしました。いつの間にか家族として幸せになることより、妊娠することがゴールになっていた。それに気付いた頃から、心も体も健康になろうと治療に区切りを付けました」

 -特別養子縁組を知ったのはいつですか。

 「不妊治療をしていた時、民間の保育資格を持つ夫から制度について教えてもらいました。調べてみると、児童養護施設で育つ子どもの数が多いことを知った。縁組をあっせんする団体の説明会へ行くと、縁組で家族になった親子が2組来られていて。話の内容よりも、赤ちゃんと両親が実の親子のようで、純粋に『すてきなことだな』と思いました」

 -縁組する上で、悩んだことは。

 「人の命を預かることなので、1年くらい考えましたね。不妊治療の末に子どもを迎えることが良いことなのか、私に資格があるのかと。でも、宝塚歌劇の先輩に相談した時、『悩んでも答えは一生出ない。なら飛び込んでみて』と、背中を押してもらいました。不妊治療の末の縁組でもいいと言ってくれる団体に出合って、『子どもがほしい』という気持ちが何より大切だと思えました」

 -胸に抱いた時の気持ちは。

 「育ての親になる研修を受けて半年ほどたった時、赤ちゃんが生まれたという連絡を受け病院へ駆けつけました。生後5日で、どの看護師さんからもうまくミルクが飲めなかったんです。でも、私があげると上手に飲んでくれた。母になれるんだ、この子は私を受け入れてくれたんだと感動して、見守ってくれる看護師さんたちと一緒に泣きました。忘れられない瞬間です」

 -なぜ、公表したのですか。

 「私は舞台に立つ人間なので、報告しないのは無理だと思いました。子どもが大きくなった時に、間違った情報を他の誰かから聞くのは、子どものためにもならない。理解できる年齢になったら、産んでくれたお母さんがいるんだよと、私たちの口から教えるつもりです」

 -子どもとの生活は。

 「一緒に食べて寝て。順調に成長しているかな、風邪をひかないかな、と考えるのは普通の親と同じです。今は離乳食が終わって、歩き回っています。子どもの世話に仕事に、毎日寝不足で大変ですが、家族3人、望んでいた生活だから幸せです」

 -今、願うことは。

 「特別養子縁組で子どもを迎えることが、当たり前の世の中になってほしい。縁組は子どものための制度で、親にも望ましい年齢があります。縁組を勧めるわけではないですが、選択肢の一つとして正しい知識を持ってほしいと思います」(聞き手・貝原加奈)