<レスリング>【2018年世界選手権・特集】アジア大会での敗戦を乗り越えて、死守した世界一の座…女子59kg級・川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)

3年連続で世界一を守り、にっこり笑顔の川井梨紗子

 【ブダペスト(ハンガリー)、文=樋口郁夫、撮影=保高幸子】表彰台の一番高いところに立った川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)が不意に泣き出し、手で顔を覆った。数秒前には、応援席から大声で「梨紗子、おめでとう」と声をかけた谷岡郁子・日本協会副会長(至学館大学長)らに笑顔で手を振っていたのに…。

 「アジア大会のことを思い出していました。3位の選手に運ばれた銅メダルを見て、2ヶ月前はこれだったんだな、と思って」と涙の理由を説明した川井。国歌が流れ、日の丸が揚がって、「今回は真ん中なんだ、と思いました」。

恐怖心との闘いを克服したが、白星街道へ再挑戦

 負けた後の最初の大会であるほか、「いろんなことがあった1年間でしたから」とも言った。激動の年だったことは間違いない。万感の思いで昇った表彰台の一番高いところだった。

 決勝の相手は、オリンピックに2度出場し、今年の欧州選手権で優勝しているエリフジャレ・イェシリルマク(トルコ)。「映像を見て、足腰の強そうな相手だった」とのことで、強引な攻めはせず、ともすると慎重すぎる闘いだった。「自分が後手に回っていた面があったので、少し相手の気迫に押されていたのかな、と思います」とも振り返る。

1回戦で元世界チャンピオンの難敵を撃破、波に乗った川井梨紗子

 しかし、地力の差は明白。第2ピリオドに4点となるタックルを決め、危なげない内容で3年連続の世界一を手にした。直後は天を仰ぎ、内容に不満があるのかな、とも思われたが、「試合が2日間ということで、いつも以上に長く、ホッとした気持ちがありましたので」と説明。2日間にわたるプレッシャーから解放されての行動だったようだ。

 勝ち続けている選手が負けると、その次の試合は言いようのない恐怖心に襲われる。吉田沙保里ですら、連勝が「119」でストップしたあとの大会(2008年アジア選手権)では、嘔吐と発熱に襲われ、マットに上がった時は「足がガクガクと震えた」と言う。

 川井の場合も、この2ヶ月、恐怖心との闘いだった。初戦で元世界チャンピオンの中国選手と対戦する運命。勝って道を切り開き、自分の定位置へ戻ってきた。一回優勝したからといって、怖さが完全に消えるわけではない。「これからの積み重ねだなと思います」と話し、途切れてしまった白星街道をやり直すことで、東京オリンピックへの道をつなげていく腹積もりだ。

19歳の乙黒拓斗の快挙に刺激を受ける

 前日、19歳で世界一に輝いた乙黒拓斗にも刺激された。7月には山梨学院大へ出げいこをし、乙黒とも練習した。高度な技術も持っていて、常に世界のレスリングを研究している姿勢に驚かされた。

金浜良コーチ(ジャパンビバレッジ)の肩車でウイニングランと勝利のガッツポーズ

 その乙黒が優勝した。「男子は女子より層が厚くてレベルが高いわけですが、その中で19歳で優勝。闘争心もすごいし、けがしていても最後は勝つというのが、すごく刺激になりました」と言う。世界王者だった高橋侑希の練習も見たが、「強い人はレスリングに対して、熱心で、正直に向き合っているから強いんだと思いました」。男子の最強集団に接したことが、今後の選手生活に大きなパワーとなったのだろう。

 12月の全日本選手権の階級は、妹の友香子の結果次第で決めるとのこと。「2人でオリンピックに出るための階級分けを考えていますので、終わってから話し合います」と言う。選択肢のひとつは、伊調馨が復活参戦する可能性のある57kg級に自らが参戦することだ。

 「小学校の頃にアテネ・オリンピックがあって、それからずっと続けているのはすごいこと。自分ができるかとなると難しい。続ける決断はすごいです」と、尊敬する伊調の決断に舌を巻くとともに、「私もオリンピックを目指しています。闘うことになったら、しっかり闘いたい」ときっぱり。
 
 つまずきを乗り越えて世界一を守ったが、東京オリンピックへの過酷な闘いは、これから始まる。

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