河北春秋(10/27):60年前、元東北大総長の西澤潤一さんを一…

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 60年前、元東北大総長の西澤潤一さんを一枚の絵が救った。当時は30代前半で同大電気通信研究所助教授だった。次々と画期的な発明をしながらも、学会や業界から「田舎の一研究者」と無視された▼そんな時、目にしたのが印象派の巨匠モネの絵。80歳を過ぎて新しい画風に挑戦していた。「俺は情けない。ちょっと仕事したぐらいで腐るなんて」。やる気を取り戻し、研究に没頭した▼「ミスター半導体」「光通信の父」と言われた西澤さんが92歳で逝った。静電誘導トランジスタ、高輝度発光ダイオード、光ファイバー…。独創的な研究に挑み、世界を驚かせた。ノーベル賞候補としてよく名前が挙がった▼原点は敗戦後の日本の風景。多くの先輩や友人を失った。「食うや食わずの時、これからは科学の時代が来ると確信した」という。「教科書や通説は自分で確かめない限り信用するな」と実験第一主義を貫いた。学会の異端児、闘う研究者。そう呼ぶ人もいた▼モネは「いつも絵のことだけを考えなければいけない。発見に至るにはしつこく観察するしかない」と語り、自然の光と格闘した。「愚直一徹」を座右の銘にした西澤さんの研究姿勢に通じる。「道場」と呼ばれた研究所で多くの後進を育てた西澤さん。残した業績は今も燦然(さんぜん)と輝く。(2018.10.27)