高遠さん、今井さんが今語る言葉

噴出した「自己責任論」振り返る

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2018年10月25日、トルコ・イスタンブールから日本に向かう機内の安田純平さん(乗客提供・共同)

 シリアで拘束されていたジャーナリスト安田純平さんが3年4カ月ぶりに解放され、10月25日に帰国した。解放から今に至るまで、安田さん帰国はSNSなど中心にネットでも大きな関心を呼んでいる。投稿された意見は二つに大別される。ひとつは安田さんを突き放すような「自己責任論」に基づく批判、もうひとつは、戦地に行くことでしか得られない現場取材の意義、安田さんの心身を気遣い励ますといった内容だ。この状況に2004年イラク日本人人質事件の際、被害者をバッシングした風潮を想起した人は多いはずだ。それだけに、当時現地で人質となった高遠菜穂子さん、今井紀明さんが自らの体験を基にSNSを通じて語った言葉は印象的だった。(共同通信=柴田友明) 

 

バッシング 

 「14年がたちますが、いまだに悪夢にうなされることもあります。いまは心臓が早打ちしています」。25日に高遠さんは安田さん帰国の報道に触れて心境をつづった。人道支援ボランティアのためイラク入りした高遠さんはほかの2人とともに武装集団に拉致された。事件の恐怖と日本でのバッシングが「セットになってしまい、やはり思い出すと苦しいです」と振り返り、「いまは解放されたことを実感する時間が必要です。家族とともに」と安田さんを気遣った。投稿には10月29日夕までに4000人超の人たちが「いいね」などリアクションした。高遠さんは今も現地でのボランティア活動を続けている。

 「3年も人質として困難な生活を送ってきた彼を受け入れることが日本社会ができることだと思う」「政府関係者や民間人など多くの人が動いてくれたのだろう。そういった全ての方々にも感謝をしたい」。高遠さんとともに拘束された今井紀明さんは安田さんの帰国直前にSNSに投稿した。14年前の事件では、実家に「死ね」「非国民」などと書かれたはがきや手紙が送られ、家族も激しいバッシングを受けた。

 今井さんは、連絡先を記して中傷文書を送ってきた相手と手紙でやりとりし、最後には心を通わせた体験もある。現在、高校生を支援するNPO法人を運営する今井さんは、これまでの共同通信の取材に「自分の経験から、対話の大切さと他者を温かい目で見守ることの必要を知り、今の活動につながっている」と語っている。

  

市民集会で、帰国後初めてイラクでの体験を語る高遠菜穂子さん(右)と今井紀明さん=2004年7月22日夜、東京都中野区

感慨

 

 2人の書き込みを目にした時、ある種の感慨を持った。

 14年前当時、筆者は自衛隊イラク派遣の取材のため中東にいたため、解放された高遠さん、今井さんたちの行き先に急行。イラクから経由地のアラブ首長国連邦ドバイで待ち構え、帰国便に同乗したからだ。

 移動中の高遠さんのあのときの苦しそうな表情、今井さんの緊張した面持ちを覚えている。日本での「反響」の大きさを知らされていたのであろう。機内で取材対応できる余裕は当時、彼らにはなかった。

 今回、安田さんに投げかけられた批判をわがことのように受けとめ、2人は率直な気持ちを表明した。14年という歳月、あの経験と向き合い、人生を歩んできたからだと思える。同じようなバッシングを受けるような不寛容な社会であってはならないという思いも伝わる。 

 「今回だれよりもじくじたる思いは(プロのジャーナリストの)安田さん自身だと思う」。14年前に高遠さんたちに付き添い、帰国の便でも一緒だった元外交官の宮家邦彦さんは今回の事件を比較してそう感想を述べた。