【恋に生きた日本の女性たち4】抑えきれないざわめく心 源氏物語の六条御息所 

京都 嵐山

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時を経てもなお語り継がれる、歴史に残る女性。彼女たちはどのような思いを抱き、恋をして、どんな人生を送ったのでしょうか。今回は過去から語り継がれている女性の生きざまを紐解いて、彼女たちの足跡を辿ってみました。

恋に生きた女性たちの足跡を辿る旅に、一緒に出てみませんか。

竹林の道を抜けるとたどり着く 野宮神社

京都 野宮神社

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京都嵯峨野にある野宮神社。海外旅行客にも人気の「竹林の小径」を通り抜けると、たどり着きます。縁結びの神様として、女性の一人旅に人気のある神社です。

もともと嵯峨野は「聖地」。天皇が新たに即位するごとに、天照大神の御杖代(みつえしろ 杖代わりとなって奉仕するもの)として伊勢神宮に斎王(未婚の内親王もしくは女王)が遣わされます。斎宮に任命されると、伊勢へ行く前の1年間ほどは、野宮(仮宮)で潔斎生活を送らなければなりません。野宮とは身を清め、不浄な現世から距離を置いた場所です。

現代でも、毎年10月に斎王が伊勢に下る「斎王群行」を再現する「斎宮行列」が行われます。

源氏物語で「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)」が、光源氏への執着を断つため、斎宮に選ばれた娘に同伴して伊勢下向を決め、潔斎生活を送っていた場所でもあります。

野宮神社

住所:〒616-8393 京都府京都市 右京区嵯峨野宮町1

電話:075-871-1972

URL:http://www.nonomiya.com/

参考

[野宮神社 京都に住もう]

源氏物語で女性に人気ナンバーワンの登場人物

京都 紅葉

紫式部の小説「源氏物語」で、男性に人気の高い登場人物は「夕顔」、女性に人気の高い登場人物は「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)」と言われます。一度は心が通わせた人が離れていく辛さ、年上であるためすがれない切なさ、プライドの高さゆえ素直になれない悲しさ。恋人が自分を振り向かなくなった痛みを感じたことのある女性なら、六条御息所の狂おしい胸の内が理解出来ることでしょう。

「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)」は、光源氏の亡兄(東宮)の未亡人で、光源氏よりも7歳年上。気品があり、頭の回転が早く、会話を楽しむなら六条御息所が1番だと光源氏に言わしめたほどの女性。書の能力は教養の高さを物語りますが、書において抜群の能力を発揮し、仮名文字を書かせたら右に出る者はいないとまで言われたそうです。夫の東宮(皇太子)が亡くならなければ皇太子夫人ですから、光源氏が近づくことは出来なかったのですが、未亡人となったことで運命が変わってしまいました。難攻不落の女性を征服することが楽しみの17歳の光源氏に言い寄られ、拒みながらもついには求愛を受け入れてしまうのです。ゲーム感覚の光源氏は、六条御息所を陥落させるや興味が薄れ、年上の恋人から足が遠のいてしまいました。

心のざわめきが抑えられない六条御息所

京都 嵐山 竹林の小径

年下の若い恋人に本気になってしまった彼女は、辛さのあまり下記のような歌を詠んでいます。

袖濡るるこひぢとかつは知りながら おりたつ田子のみづからぞ憂き

(「こひぢ」は泥沼の意味で、「恋路」の掛け言葉)

袖が濡れるほど泣くことになる恋だと分かっていながら、感情の泥沼に落ちていく自分が悲しいのです。

六条御息所の歌 (意訳 青山沙羅)

身分も気位も高い貴婦人は、恋に落ちました。未亡人といっても、まだ24歳の若さ。開けてはいけないパンドラの箱を、光源氏が開けてしまったのです。六条御息所を忘れ、様々な女たちと関係を持つ光源氏。六条御息所の妬みと恨みが向かったのは、源氏ではなく相手の女性でした。プライドの高さゆえ抑えた自意識が生霊となり、光源氏の愛人や正妻に取り憑き、亡き者にしてしまったのです。光源氏もそのことに気づき、六条御息所への気持ちはすっかり冷めてしまいました。

六条御息所の胸の中は感情の嵐が吹き荒び、ざわめく心を自分でも止めることは出来ませんでした。

六条御息所

16歳 前東宮(皇太子)の元に入内。

17歳 姫宮(娘)を出産。

20歳 前東宮(夫)と死別

24歳 六条京極に住んでいた頃、光源氏(17歳)が強引にアプローチ

29歳 姫宮(娘)が伊勢斎宮に決まる。/葵祭。葵の上と車争い。/葵の上、夕霧を出産。

30歳 光源氏、野宮を訪問。

36歳 娘の斎宮とともに帰京。/六条御息所、逝去

参考

[「源氏物語」心を写す書 成蹊大学文学部 鈴木瑞穂著]

[「源氏物語」における六条御息所の煩悩と苦しみについて 工学院大学 岡田大助著]

[恥をかいた神としての六条御息所 山口大学 程青]

源氏物語で、もっとも美しい別れのシーン

京都嵐山 野宮神社 黒木鳥居

野宮神社にある日本最古の黒木鳥居は、光源氏が六条御息所を訪ねて来るシーンで登場します。

執着心を捨てられず苦しんだ六条御息所が、光源氏のいる京都を離れ、娘の伊勢下向に同行を決心します。そこへ、光源氏が訪ねて来ました。京都嵐山の野宮神社を訪ねた様子は、秋の嵯峨野を舞台にした美しい別れです。

遥けき野辺を分け入りたまふより、いとものあはれなり。

秋の花、みな衰へつつ、浅茅が原も枯れ枯れなる虫の音に、松風、すごく吹きあはせて、そのこととも聞き分かれぬほどに、物の音ども絶え絶え聞こえたる、いと艶なり。

(中略)

御心にも、「などて、今まで立ちならさざりつらむ」と、過ぎぬる方、悔しう思さる。

京の都より嵯峨野の奥まで来てみると、しみじみと風情のある景色が広がっていました。

秋の花は盛りを過ぎ、浅茅が原も枯れ、虫の声も弱々しく聞こえます。それでも松を吹き抜ける風の中に、曲名が分からないほど微かな楽器の音色が、とだえとだえに聞こえて来ます。嵯峨野の晩秋は、なんと風流なのでしょう。

(中略)

光源氏は「今までどうして、野宮の六条御息所を尋ねなかったのだろう」などと、自らの過去の薄情さを思い返しました。

女は、さしも見えじと思しつつむめれど、え忍びたまはぬ御けしきを、いよいよ心苦しう、なほ思しとまるべきさまにぞ、聞こえたまふめる。

月も入りぬるにや、あはれなる空を眺めつつ、怨みきこえたまふに、ここら思ひ集めたまへるつらさも消えぬべし。やうやう、「今は」と、思ひ離れたまへるに、「さればよ」と、なかなか心動きて、思し乱る。

六条御息所は、光源氏への断ち難い思いを見せないように、理性的に振る舞おうとしているのですが、愛しい人を前に感情が溢れるのを堪えることが出来ません。光源氏にすればバツが悪く、やはり伊勢行きは思いとどまってはいかがかと説得するのです。

月も隠れた秋の夜空を眺めながら、光源氏が行かぬよう口説いているのを聞いていると、六条御息所の胸の中に降り積もった苦しみや辛さは消えていきました。「もうこの恋はあきらめよう」と決めたはずなのに、「逢えばまだ、この人のことがこんなにも好きなのだ」と心は揺れ、別れがつらくなるのです。

源氏物語 賢木 野宮の別れより (意訳 青山沙羅)

死ぬまで想い続けた恋

結局二人はこの夜で別れました。その6年後に「自分の娘にだけは手を出してくれるな」と光源氏に釘を刺して、六条御息所は亡くなります。

逢うべきではなかったかもしれない二人。それでもめぐり合ってしまったのは、運命の糸に引き寄せられたのに他なりません。

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