【世界から】NY、巨大再開発の裏でセレブ御用達名店閉鎖も

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ロワー・イーストサイドの再開発地区に建設されている「エセックス・クロッシング」。すぐ近くには創業100年以上の歴史を誇る老舗店なども多数ある=安部かすみ撮影

 10月19日、米国で人気の食料品チェーンストア「トレーダー・ジョーズ」の新店舗がニューヨーク・マンハッタンのダウンタウン、ロワー・イーストサイド地区に華々しくオープンした。この新店舗は、約2800平方メートルと米国東海岸最大となる総売り場面積を誇る。他の支店よりもゆったりとしたスペースと充実した品ぞろえで話題を呼んでいる。

 場所は「エセックス・クロッシング」の一角。エセックス・クロッシングとは2015年に着工したプロジェクトだ。完成すれば、約3万7千平方メートルのオフィススペースに約4万2千平方メートルの小売スペース、そして全千戸の住居などを備える総面積18万平方メートル、東京ドーム約4個分にあたる巨大な商業&住居施設が出現することになる。

「エセックス・クロッシング」にオープンした「トレーダー・ジョーズ」。米国東海岸最大の広さを誇る=安部かすみ撮影

▼NYは再開発ブーム

 ロワー・イーストサイドは古くから、主に移民と労働者階級の人々が住む地区だった。創業1888年の老舗店総菜店「カッツ・デリカテッセン」をはじめとし、移民らが築き上げた老舗も数多く残る。しかし、2000年代に入って低所得者層が住む地域が再開発などによって活性化し、高級化する「ジェントリフィケーション」の対象となったことで、街が変わろうとしている。

 エセックス・クロッシングは将来的に、地下に残された昔のトロリー駅跡地を利用した世界初の地下公園「ロウライン」も作る予定。地下鉄の駅や映画館、自転車レーンなどとも連結する計画で24年の完成を目指している。写真専門の総合施設「国際写真センター」や「ニューヨーク医科大学」もこの一部に含まれ、歴史的な建造物や学術機関を積極的に取り入れた、緑あふれる新時代の街づくりの規範として、世界中から注目が集まっている。

 この日はニューヨークの他地区で進行している巨大な再開発計画に関する動きもニュースになった。中でも注目を集めたのが、マンハッタンのミッドタウン西に位置するハドソンヤーズについて。06年に着工し、31年に全工事の完了を予定しているこのプロジェクトの「目玉」の一つで、来年春にオープンする15階建ての巨大モニュメント「ヴェッセル」の入場予約が解禁された時に情報を得るための登録が開始したというのだ。

 ヴェッセルは総数2500もの階段が交錯する近未来的でユニークなデザインが特徴。これはイギリス人建築デザイナーのトーマス・ヘザーウィック氏が、その美しさで世界的に知られるインドの「チャンド・バオリの階段井戸」に影響を受けて設計したという。階段井戸とは、何段もの階段を降りて水面に達する構造の井戸で、インドやパキスタンなどの乾燥地域で見られる。ハドソンヤードの中心広場にお目見えするとあって、こちらも話題となっている。

▼惜しまれながら消えゆく店も

 このようにマンハッタンはもちろんのこと、ブルックリンやクイーンズの西側(イーストリバー沿い)やブロンクスの南端など、ニューヨークはどこも再開発ブームにわいている。

 一方で、閉店する店のニュースも絶えない。マンハッタンのダウンタウンでは10月14日、1990年創業の名店「コーヒーショップ」が惜しまれながら閉店し、ファンの涙をそそった。

 同店は日本でもヒットした米国の人気テレビシリーズ「セックス・アンド・ザ・シティー」にも登場した有名店で、スーザン・サランドンやスタンリー・トゥッチ、ジュリアン・ムーアなど数々のセレブをはじめ、多くのニューヨーカーに愛されてきた。

 「レストランビジネス」誌による最新の調査では、同店の年間売上高は2017年で1430万ドル(約16億円)にものぼる。これは独立形態のレストランとしては全米で79位にランクインしている。この年だけでなく毎年、全米でトップ100に堂々と入り続けている。それほどの名レストランだったのに、なぜ閉店しなければならなかったのか?

 10月12日付けの「フォーブス」誌で、コーヒーショップのオーナーがその理由を次のように語った。

 「売上はよかったが、店の賃料が年商の27%も占めるなど異常に高過ぎた。どんなに売り上げがよく全米で上位にランクインするほどの店でも、閉店に追い込まれる現状はニューヨークにおける小売業への警笛である」

 地価の高騰が一途をたどるニューヨークでは、大資本でも入らない限りビジネスの行く手を遮られ、個人経営を始めとする「スモールビジネス」は今後さらに淘汰(とうた)されていくのだろう。

惜しまれながら28年の歴史に幕を閉じた名店「コーヒーショップ」。ニューヨークの人たちに愛された店だった=安部かすみ撮影

▼高騰し続ける地価

 賃料27%というのは高いのか否か、店の経営でもしなければまったく想像がつかない。そこで、01年にブルックリンで創業し、今年で17年となるイタリア料理店の共同経営者に話を聞いた。ブルックリンは近年若いオーナーが革新的な新店を次々にオープンしている注目のエリアだ。

 「近年マンハッタンは驚くほど地価が高騰し、スモールビジネスにとって敷居が高くなり過ぎている。そこで経営者が目をつけているのはこのブルックリンだ。昨年、新たにオープンした2店目の場所もやはりブルックリンにした」

 賃料27%については「異常に高いと思う。通常、人件費が1番高くうちでは全体の35%以上を占めている。その次が食材で25%ほど。賃料は理想的には10%以下にするべき」と内情を教えてくれた。

 同店の具体的な賃料については言及しなかったものの、共同経営者は「当店のリースは10年で、今年の年末が更新の時期だ。店舗スペースを貸してくれている地主はいい人なので大きな値上がりはないと信じている。とはいえ、賃料が高騰するとコーヒーショップのようにどんなにビジネスがうまくいっていても閉店という苦渋の決断を強いられるだろう」という見通しを語った。

 事実、123年の歴史を誇る老舗百貨店「ヘンリ・ベルデル」が来年1月に五番街の旗艦店を含む全23店を閉店するほか、同じく老舗の百貨店「ロード・アンド・テイラー」も、50ある店舗のうち10店を来年頭に閉めることを決めた。

 再開発ブームにわくニューヨーク。新たな店や観光スポットが次々と登場するその影で、人々に愛されてきた名店が静かに街から消え去っている。(ニューヨーク在住ジャーナリスト、安部かすみ=共同通信特約)