立ちはだかる「表現の自由の壁」

 悩む自治体に策はあるか? 検証・ヘイトスピーチ対策法(3)

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移民政策反対を掲げる団体主催の集会に、プラカードを掲げ抗議する市民ら=10月14日、横浜市鶴見区

 施行から2年以上たったヘイトスピーチ対策法は、国や自治体に対応を求めている。だが実際は、自治体の取り組みは部分的だ。いち早く条例を制定したのは大阪市。都道府県レベルでは今年10月に人権条例を制定した東京都。ほかにガイドラインを設けた自治体もある。

 ★大阪市のヘイトスピーチ抑止条例  ヘイトスピーチと認定する仕組みと、抑止策を定めた全国初の条例。国の対策法より早い2016年1月に成立、同7月に全面施行した。市民や市内に通勤・通学する人に向けられた表現行為が対象で、社会から排除する目的での誹謗(ひぼう)中傷や、脅威を感じさせるような言動をヘイトスピーチと定義。表現行為には市内でのデモや街宣活動だけでなく、これらを記録したDVDの配布や動画や画像のインターネットへの投稿も含まれる。
 ヘイトスピーチをしたと認定された個人や団体名が公表されることが特徴だが、憲法で保障された「表現の自由」を考慮し、街宣活動や集会を事前に制限する規定はない。これまでにネット上の動画4件、記事2件をヘイトと認定し、削除させた。

ヘイトスピーチを規制しLGBTへの差別解消を目指す条例が可決、成立した東京都議会

 ★東京都の人権条例 2020年東京五輪・パラリンピックに向け、ヘイトスピーチを規制し、性的少数者(LGBT)への差別解消を目指す都道府県レベルで初の条例。名称は「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」。今年10月5日成立、19年4月の全面施行を目指す。
 都知事がヘイトスピーチについて基準を設け、公共施設の利用を制限できるとし、実施団体名の公表、インターネット上の書き込みや動画の削除要請も可能と定めた。性的少数者(LGBT)への差別を禁止する努力規定も設けた。

 ★東京都世田谷区の多文化共生推進条例 今年3月に成立し、4月に施行された。「多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例」には罰則がないが、LGBTや外国人への差別を禁止。これらの差別に特化して区民からの相談を受け付ける区長の諮問機関「苦情処理委員会」を設けた。

 ★京都府の公共施設使用手続ガイドライン 今年3月、ヘイトスピーチ防止のため、公共施設でのヘイトスピーチを事前規制するガイドラインの運用を始めた。「差別的言動が具体的に予測される場合」と、「施設の管理上、支障が生じると予測される場合」のいずれかに該当すれば、施設利用を制限する。

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 こうした条例やガイドラインの制定は少しずつ広がっており、川崎市も京都府と同様のガイドラインを3月に設けた。ただ、実際のガイドラインの適用には難しさもあるようだ。憲法が定める「表現の自由」を侵害する恐れがあると指摘されるためだ。どういうことか。 

  差別発言防げなかった川崎市

 対策法施行から2年となる6月3日、ヘイトを繰り返していると批判を受けている団体が、川崎市の公共施設で講演会を開こうと集まった。これに抗議する「カウンター」と呼ばれる市民数百人も会場前に集まり、現場は大混乱に。何とか会場に入った参加者が、カウンターに対して「ウジ虫、ゴキブリ、日本から出て行け」と発言した。ヘイトスピーチだ。

 川崎市のガイドラインは、公的施設利用について「不当な差別的言動の恐れが客観的な事実に照らして具体的に認められる場合」に、警告、条件付き許可、不許可、許可取り消しをすることができると定めている。

 地元の在日コリアンや日本人でつくる市民団体は集会までに「差別が起きてからでは遅い」と、不許可を求め続けていた。しかし、市は団体の過去の言動やネット上の主張などを調査し「ガイドラインの要件に合致しない」と判断した。

 その結果、差別発言を含めた集会当時の様子を収めた動画がインターネット上に残り、誰もが閲覧できる状況になった。

混乱する現場で警備する神奈川県警

 線引き難しく、判断に悩む行政

 同様のガイドラインがある京都府の担当者は、行政判断の難しさを指摘する。「客観的な事実に照らし、集会でヘイトスピーチが行われると具体的に、明らかに予測されれば制限できる。それでも、表現の自由、集会の自由を不当に侵害することのないよう、慎重な運用が必要だ」と説明する。

 川崎市の担当者も「ガイドライン適用のハードルは高い」と打ち明ける。団体がヘイトを繰り返した過去は判断材料の一つになるが、例えば施設利用申請に「ヘイトはしない」と書かれていた場合、施設利用を断ってもいいのか。行政は判断に苦しむのが現状だ。

 「差別は許されないが、表現の自由を定めた憲法を侵害する恐れがあり、規制は難しい」という意見は、ヘイト規制の議論では頻繁に出てくる。
 弁護士への大量懲戒請求問題で被害を受けた横浜市の弁護士も「差別は許されないが、あれもこれも規制すると、表現の自由や集会の自由が脅かされる。ヘイトにだけ規制の矛先が向かえばいいが、行政は恣意(しい)的に範囲を広げないか」と憂慮した。

 表現の自由との板挟み乗り越え

 16年6月の横浜地裁川崎支部の仮処分決定は、ヘイトスピーチについて「もはや憲法の定める集会や表現の自由の保障の範囲外であることは明らか」と判断。「人格権の侵害に対する事後的な権利の回復は著しく困難である」とも指摘し、ヘイトデモの事前差し止めを認めている。

 ヘイトスピーチ対策法案の国会審議中に、ある自民党議員が「法は行政が判断するときの指針。訴訟となれば司法の場で判断される」と述べた。言い方を変えれば、まずは自治体がヘイトを規制し、訴えられた場合も判例を積み重ね、対策法を補完していくという考え方だ。

 こうした司法判断や考え方に基づけば、川崎市をはじめとする行政は、表現の自由との間で「板挟み」にならずに済むのではないか。

 川崎市の集会では、大混乱する現場で神奈川県警の警察官が警備に当たった。

 ある捜査員は、個人的見解と断った上で「どういう立場で警備に当たるべきか、判断が難しい。どう警備してもヘイト側、カウンター側の両方から抗議を受ける」と打ち明けた。「警察も行政も市民も判断しやすい法の網をかけるべきだ」と強調し、こう話した。「ヘイトを野放しにすれば日本国のレベルを下げる」(共同通信ヘイト問題取材班、終わり)

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