20年前の教訓

 今年8月、あるモニュメントが福島市の公共施設前に設置された。だが、市民の反発に遭い、約1カ月後に撤去された▲ヘルメットを脱いだ防護服姿の高さ6・2メートルの子ども像で、福島原発事故を克服した未来を表現した作品。市長は復興に立ち向かう姿をアピールしようとしたが、防護服姿が風評被害を増幅するなどの批判を聞いて方向転換したと聞く▲この出来事はかつての長崎市での出来事を想起させると、彫刻研究者の小田原のどかさんは言う。1997年に市が爆心地公園に設置した「母子像」を巡る問題だ▲名誉県民でもある彫刻家、富永直樹氏の作品。だが、被爆者の鎮魂の場に大きな偶像はふさわしくないなどの反発が市民の間に巻き起こった。撤去を求める訴訟は、市民側敗訴となったものの、最高裁まで争われた▲ここから、公共空間にモニュメントを設置する際の教訓を引き出すことができるだろう。市民の意見を聴くプロセスを軽視してはならないということだ▲当時長崎を揺るがせた出来事も、あまり広くは知られていない。「その結果、長崎の反省は生かされず、福島で同じことが起こった」と小田原さんは指摘する。当時の出来事には全国各地で参照事例になりうるほどの重みがあったことに、20年たった今、気付かされている。(泉)

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