何かがおかしい「中学受験の常識」…わが子をつまらない優等生にしたくない両親へ

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6年生まで野球・バイオリンを続けながら難関国立中学に合格した親子の体験記「小学生生活を犠牲にしない中学受験」(WAVE出版)から、中学受験を目指す親子が救われ、励まされる考え方や学習のアイデアをご紹介。フルタイムの共働き夫婦かずとゆか著。わが子をつまらない優等生にしたくない両親必読の「常識」とは?

あなたたちの感覚は間違っていない

子どもの中学受験を考えているのだけど、小学生のうちから週に何度も夜遅くまで塾通いで、しかも夕食がお弁当なんて、食習慣もちょっとね。小学生らしく友だちと遊んだり、スポーツを楽しんだり、好きな本を読んだりするのも大事な気がするのだけど…。

そんな「何かおかしい気がしている」お父さん、お母さん、その感覚は間違っていません。はっきり言います。小学生が週に何度も夜の9時過ぎまで拘束されて、10時に帰宅する生活は異常です。

実際にそういう生活を余儀なくされている受験生の親の中には、「合格はさせたいけれど、本当にこれでいいのだろうか」と、罪の意識や疑問を感じている方もいるはずです。

私がまず伝えたいのは、そうした感覚を大切にしてほしいということです。その根拠を、さまざまな観点から見ていきましょう。

「中学受験の常識」には根拠がない

中学受験の検討を始めると、まず耳に飛び込んでくるのがこうした「中学受験の常識」です。でも冷静になって、その一つひとつに「どうしてそうなの?」と素朴な疑問を投げかけると、返ってくるのは「みんながそうしているから」「塾の先生がそう言っていたから」といった答えばかりで、誰もが納得できる理由が見つからないことが多いのです。「勉強は塾に行かなくてもできる」という信念を持つ私にとって、「塾、それも大手進学塾に行かなくちゃ、中学受験は難しい」という考えは大きな疑問でした。たかが小学生の勉強を、親が教えられないというのも不思議でした。

うちは夫婦ともにフルタイムの共働きなので、お弁当をつくって塾への送り迎えはできませんし、息子をよい中学に入れるために、楽しい小学生時代を犠牲にさせることに疑問を抱いていた私たちにとって、大手進学塾に通わせるという選択肢は最初からありませんでした。むしろ逆に、「中学受験の常識」が本当かどうか、チャレンジしてみようと思ったのです。

こうして中学受験に向き合ったこの数年間で、「中学受験の常識」が何の根拠もなく、ただ伝説のように言い伝えられてきただけであることがはっきりしました。また入試を行う中学校自体は、「塾で勉強ばかりしている子」に来てほしいわけではなく、実際に受験生が勉強と健全な小学生生活を両立できないのは、「塾の都合」に振り回されているだけ、という構図も見えてきたのです。

情報発信源は教育産業の関係者!?

私たちが中学受験をさせようと検討を始めたのは、息子が小学2年生の頃でした。できるだけ客観的な情報がほしかったので、塾を絶賛している本と批判している本の両方を買って読んでみました。他にもインターネットサイトなどを見ていて気づいたのは、情報のほとんどが塾の先生をはじめとする教育産業の関係者が発信しているか、教育産業自体がスポンサーになっていることでした。塾批判の本も、個人塾の先生が昔勤めていた大手進学塾を批判しているという内容でした。

そうです。「中学受験の常識」は、一部の狭い世界の人たちが発信している情報なのです。教育産業の人たちが我田引水を狙っているとまでは言いませんが、これからの社会はどうなっていくのか、その中で子どもたちをどういう人間に育てたいのかといったことは、全く読み取れないものばかりでした。

小学生のときから塾に通ったおかげで、ノーベル賞を受賞できたという体験談なら聞いてみたいと思いますが、残念ながらそんな人は一人もいません。逆に口をそろえたように子どものときの遊びの重要性を説いています。

中学受験は子どもではなく親の受験?

このフレーズもよく耳にしますが、どんな意味なのでしょうか。小学校受験なら親の面接もありますが、中学受験では試験も面接も受けるのは子どもだけです。親のコネで入れた話もあまり聞きません。

高校受験、大学受験の場合は、個人差はあっても受験生が自立しています。どんな理由でどの学校を志望するのか、好きな科目、得意な科目は何で、苦手科目は何か、学力はどのくらいで、志望校に合格するためにはどれだけの成績が必要かなど、受験勉強をセルフマネジメントする力が多少なりともあるはずです。

これに対し中学受験は、受験生はまだ親の言うことを素直に聞く小学生で、精神的にまだ幼く、志望校を自分で決めるだけの情報、人生経験、自己分析力もありません。「うちは子どもが志望校を決めました」と言う人もいるかもしれませんが、その判断材料となった情報は親の価値観のフィルターを通したものでしょう。また子どもは親の気持ちを鋭く察して、親が喜ぶ学校を受けたいと言うのでしょう。

勉強の進め方もセルフマネジメントできないのが普通です。一般的にはそこで「塾選び」となるのでしょうが、塾に行かない場合は、教材選びや教科ごとの勉強スケジュールは親が立てなければなりません。勉強だけでなく、受験に関するすべての意思決定をするのは親で、それが合否を分けるのです。だから「中学受験は親の受験」という言葉が生まれたのではないでしょうか。

中学、高校の6年間は人格形成のために非常に大事な時期です。特に高校からは義務教育ではないため、どこに進学するかは人生の大きな決断の一つになります。私は高校受験のときに志望校を自分で決めたという自負があったので、実質的に親が決めてしまう中学受験には、何か心に引っかかるものがありました。

だからこそ、受験のために何かを犠牲にすることだけはしてはいけない。普通の楽しい小学生生活を送らせてやらなければと、強く思ったのです。

中学受験のために親が自覚すべきこと

私は子どもの中学受験を経験して、「中学受験は親の受験」という言葉が、端的な表現でありながら、さまざまな側面をうまく言い表している深い言葉だと改めて感じました。それは、中学受験は「親のための受験」と考えたほうがいいからです。これには「いやいや、子どものためでしょう」という声が聞こえてきそうですが、教育なのだから、受験は子どものために決まっています。どの家でも、子どもの将来を考えての受験という選択なのだと思います。

でも本当にそれだけでしょうか。家庭によって程度の差はあれ「親が自分の欲望を満たすためにしている」という側面もあるのではないでしょうか。子どもをどう育てるかは親が判断すべきことで、「このようにしたい」という希望や欲望があるのはごく自然なことです。でも私は、親はそのことを自覚しておく必要があると思うのです。

自分たちを振り返ってもそうなのですが、「よい中学校に入れたい」と思っているのは親で、その欲求を満たすために子どもに受験勉強をさせているのです。「子どもから受験したいと言い出した」という例外もあるかもしれませんが、基本的に子どもは、親の期待に応えるために、親の喜ぶ顔が見たくて、がんばっているのです。このことは、自分自身を見つめるより他人を見るほうがわかりやすいかもしれません。あなたの周りにいる中学受験にのめり込んでいるお母さんは、あなたの目にどう映っているでしょうか。「子どもをよい学校に通わせている母親」になりたい気持ちが前面に出ている人はいませんか。

繰り返しになりますが、それは悪いことではありません。むしろ普通なので、自分で正直に認めましょうということです。親がしっかり自覚していると、思いどおりにいかないときに冷静な対処ができます。例えば子どもにやる気がないとき、それを責めるのではなく、どうやったらやる気を出してもらえるのかを考える気持ちになれるでしょう。

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