災害・テロの医療対応 現場の情報、治療に不可欠

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 大規模災害やテロ事件では大勢の被害者が発生する恐れがあり、医療態勢の構築が急務です。熊本でも来年、スポーツの国際大会を控え、リスクを考える必要があります。1995年の地下鉄サリン事件で治療に奔走した聖路加[せいるか]国際病院(東京)の石松伸一・救命救急センター長に教訓などを語ってもらいました。(高本文明)

-地下鉄サリン事件の発生当初は、どんな状況でしたか。

 「5千人以上が被害を受け、13人が亡くなる大惨事となりました。当院は被害が大きかった築地駅に近かったことから、640人もの方が受診しました。第一報では、爆発火災が起きたという情報だったため、けが人が運ばれてくると思っていました。しかし自力で来院した方も救急搬送された方も、目の痛みや息苦しさを訴えます。原因は催涙ガスか何かと思っていると、今度は心肺停止の方が運ばれてきました。何が起きているのか全く分からず、重症患者が次々に搬送されてきました」

 「このため通常の診療をすべて中止し、総動員で被害者の治療に当たりました。当時の日野原重明院長の決断です」

-振り返ると、全体的にどのような問題点がありましたか。

 「まず問題点の一つは、現場の情報が全く病院に伝わらなかったことです。警視庁が原因はサリンと発表するまで、3時間以上、原因が分からないまま治療に当たらなくてはなりませんでした。病院内の情報伝達の経路も未整備でした。サリンという情報も院内すべてに伝えるのは困難でした」

-どのように対応しましたか。

 「届いた情報を印刷物にして配りました。耳で聞くより、目で見た方が記憶に残りますし、文字にした情報は正確に伝えることができました。ほとんどの医師が使ったことがなかったPAMという解毒剤の使い方や注意点を確実に伝えることができました」

 「現在は、広域災害救急医療情報システム(EMIS)があり、災害時、被災した病院がライフラインの状況や必要な支援、患者の受け入れ状況などを入力し、情報共有できるようになっています」

-治療法を決めるのも大変だったでしょう。

 「治療法の決定には、原因物質の分析が非常に重要です。当初、消防庁から連絡があった物質はサリンではありませんでしたが、それでも非常に重要な情報でした。患者の症状と合致するかどうか、原因を判断できるからです。現在は、日本中毒情報センターが、化学物質などによる中毒症状について医療者や一般に積極的に情報を提供できるようになっています」

-サリンは神経ガスでした。

 「二次災害が出たことも問題点の一つです。サリンのような揮発性の汚染物質では、患者さんの体をきれいにせずに狭い空間に入れると、ほかの人たちが二次被害を起こします。当時、仮の治療室として使っていた礼拝堂は、窓がなく、換気が悪かったため、スタッフたちに頭痛や瞳孔が小さくなるなどの二次被害が起きました」

-どんなことが教訓ですか。

 「教訓の一つは、先入観を持ってはいけないということです。最初の患者さんを診て何かおかしいと感じれば、もっと早く適切な対応ができたと思います。院内の各部門が取るべき行動を明確に決めておく必要もあります。スタッフは、自分の身は自分で守ること。治療する側の医療者が倒れては災害医療は成り立ちません」

 「患者さんの情報は、身元などの公開を想定して集約しておく必要があります。サリン事件の際、患者さんの両親が何度も尋ねてきたのに情報を照合できず、会わせられなかったことがありました。治療だけでなく、身元の把握は、社会的な責任として必要なことだと思います」

(2018年11月7日付 熊本日日新聞夕刊掲載)