『猫がいなけりゃ息もできない』村山由佳著 みんなで見送った愛のカタマリ

 『星々の舟』で直木賞を受賞、登場人物の心を細やかに描く村山由佳の最新刊。描かれているのは、20年近く愛してきた猫を、著者自身が看取るまでの日々だ。全部で5匹の猫を飼う著者は、幼い頃から、生活空間に猫がいることが当たり前だった。「バツ2」をやらかし、住まいを転々として、その人生の悲喜こもごもを全部知っているのが最長老の「もみじ」。その子の口の中に、ガンが見つかる。

 普通なら、そこから始まる壮絶な闘病生活が展開されるのだろう。つらそうな様子をこれみよがしに伝え、読み手の感情を煽り、クライマックスに向けてどーん!と花火を上げるのだろう。けれど本書は違う。行きつ戻りつ、行きつ戻りつしながら、「もみじ」との日々を著者自身が噛みしめるようにして本文は進んでいく。波乱含みの日々も、穏やかな日々も知っている「もみじ」は、著者の戦友であり、相棒だ。

 幼い頃から、動物の誕生や死に立ち会ったことのない私は、ペットに限らず人間関係においても、あまり踏み入るのはやめておこう、というタイプである。踏み入ってしまったら、きっと別れるとき、大変だから。ずたぼろになるから。そうなる前に、身を引こう。だから私はあらゆる局面で「たまに出くわす野良猫にお願いして、ちょっとだけ撫でさせてもらう」的な距離感で生きてきた。

 そういう人間が、「もみじ」の病気に動揺しまくっている著者の様子を、本を通して眺める。ああ、やっぱりペットを飼うのはやめておこう、とさえ思ってしまう。けれど、この本が伝えたいのはそういうことではない。ページをめくるたびに伝わってくるのは、そうした相棒を持つことの「喜び」なのである。

 うろたえる著者を、3人目の夫が絶妙に支えている。15分ほどのドライブで、たどり着くいつもの動物病院。そこにはとても誠実な院長先生がいて、飼い主の心に寄り添ってくれる。また、著者には親友がいる。一時期仕事を共にした彼女たちは、著者と「もみじ」の強い結びつきを知っている。

 みんなで、「もみじ」を見送る。そのことの幸福が、匂いとなって、ページの上から立ちのぼる。

 巻末に、著者が当時つぶやいたツイッターが転載されている。たまに、「もみじ」自身がつぶやいたりもしている。もちろん、著者によるつぶやきだ。けれど彼女と「もみじ」は、すでに一体なのである。

 誰かと、あるいは何ものかと「一体」になる日。それは相手との別れでもあり、強い強い抱擁でもある。ああ、人生ってわからない。相反するものが、こんなにもしっくりと、真円を描くのだ。

(ホーム社 1400円+税)=小川志津子

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