トイレの数より大事なこと。スフィア基準の基本、ご存知ですか? 「避難所の質の向上」を目指す国際基準

阪神・淡路大震災での避難所風景。1995年2月神戸市長田区にて(出典:神戸市 http://kobe117shinsai.jp

本日は、「スフィア基準のきほんのき」についてお伝えします。タイムリーなことに、本稿を書いています2018年11月6日にスフィア2018版が出版されました!スフィア基準については、今や防災界で名前を知らない人はいないといえるほどではないかと思いますが、みなさんはご存知ですか?

「スフィア・ハンドブック」。原文英語版が11月6日に改訂され、順次日本語版にも反映される予定(出典:スフィアプロジェクト公式サイト https://www.spherestandards.org/handbook-2018/

私が、2012年にトレーナーの方からレクチャーを受けた際はまだまだ知っている人のほうが稀という感じでしたが、2016年4月の熊本地震の後、テレビで報道されると一気に認知度があがりました。

さらに、2016年4月には、内閣府の「避難所運営ガイドライン」では、目次のすぐあとにスフィアプロジェクト(スフィア基準)のことが書かれるようになりました。

「避難所運営ガイドライン」(出典:内閣府 http://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1604hinanjo_guideline.pdf

国として参考にすべき国際基準としてしっかり位置付けられたのです。前はよく「ソフィア」と間違えられていたなんてもう過去の笑い話にしていいですよね!

でも、認知度があがったのはよいのですが、逆にメディアで報道された部分だけがスフィア基準だという誤解も増えたようです。とくに「トイレは女性が男性の3倍」、それがスフィア!みたいな誤解は多いようです。名前は知ってるけど、実は何なの?という声もよくお聞きしますので、呼びかけ人として動いている 女性防災ネットワーク・東京の仲間と講演を企画しました。今回はその報告です。

「基本のき」から始めましょう

まずは、「いまさら聞けない!? ”スフィア基準” の基本のき」ということで、スフィア基準のトレーナーとしてもご活躍の岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ代表理事)のお話を中心にお伝えします!

ご講演くださった岡野谷純さん(画像提供:あんどう氏)

岡野谷純さんは医学博士。NPO法人日本ファーストエイドソサェティの代表理事として、災害被災地においてボランティアや市民の活動安全に関するコーディネートを実施されています。東日本大震災では、乳幼児とその家族の健康・発育・生活を支援する「赤ちゃん一時避難プロジェクト」を立ち上げ、被災地外避難所を運営、現在も継続支援中。平時にはスフィア基準のトレーナーとして、普及活動にも励まれていらっしゃいます。

岡野谷さんによると、今「スフィア基準」と検索をすると、トイレのイラストがでてきて「男性1:女性3」という画像が多いとのこと。それだけではなく、「避難所」と検索したら、避難所の写真がでてくると思いますよね。でも、そうではなくて、スフィア基準のトイレの説明がでてくるのが昨今なのですって。

すごい知名度ですね。でも、よくある誤解はこんな感じです。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

この数字を守ることがスフィア基準なんでしょうか?
そもそもスフィアプロジェクトの本の表紙にはこのようなタイトルが書かれているのです。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

「人道憲章と人道対応に関する最低基準」

「人道」が2つも入っていますが、「人道」って言葉、日常で聞いたりすることありますか?私のまわりでは、「人狼」のほうが、耳にすることが多いかもと思うくらい耳にしないかもです。

「憲章」ってことばもマグナカルタ(大憲章)とか権利章典とかを学校で習って以来という人もいるかもしれません。

スフィア基準というものは、「危機対応として、人道支援を行う人々のための普遍的なリソース」と説明されます。

でも、この人道がピンと来ないとフレーズが頭に入りにくいかと思うので、スフィア基準がなぜできたのか、まずはそこからおさらいしましょう。
 

「スフィア基準」が目指す理念を理解しよう

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

1994年東アフリカのルワンダで大虐殺がありました。100日で50万~100万人、人口の10%から20%が亡くなったと言われています。その後、国連やNGOが支援活動にあたりました。ところが、支援に入ったというのに、死亡者が8万人以上もでてしまったそうです。日本でいうところの災害関連死とでもいうべき現象が起こったのです。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

なぜ、支援に入ったのに8万の人が亡くなってしまったのか、関係団体は深く反省して、合同調査を実施し、分析に取り組みました。その結果わかったことは、支援が「場当たり的」で「調整不足」で「説明が足りなかった」。だから、死者が増えたという事が明らかになったそうです。
この分析は、日本の災害支援を考えても、鋭く胸に刺さるキーワードに思えます。

これらの課題を解決するために、作られたグループが、スフィアプロジェクトです。プロジェクトで支援の最低基準を作り、それをまとめたのが通称スフィアハンドブックです。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

合同評価では、課題解決のためには、活動の質がこのままではいけないと認識されました。「活動の質の向上」が必要なのはいうまでもありませんよね。でも、それに加えて、活動には「被災者への説明」が欠かせないとされています。支援する側は質の向上のために、いろいろ支援しなきゃと思いがちで、ときには上から目線になってしまうかもしれません。

でも、被災者のニーズにあっていなかったり、被災者の声をきくなど手続きの適正さがないとやはり災害関連死が起こってしまうのは日本でも同じですよね。ちなみにこの発想、国際基準には、多い気がします。モニタリングや、アカウンタビリティなど適正手続をとても大切にしますよね!

そして、具体的には「人道憲章」として、「被災した人々に必要なこと」は何かということをスフィア基準では最初に記載しています。まず書かれているのはトイレの数じゃなくて、被災者の権利なんです。ご存知でしたか?

スフィア基準には2つの信念があって、

 

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

ここから3つの権利を人道憲章としています。

◆尊厳ある生活への権利
◆人道援助を受ける権利
◆保護と安全への権利

まずは権利が書かれているのですね。

でも、権利という言葉を聞いただけで、「わがまま」と同義と思ったり、アレルギー反応を示す人もいるかもしれません。

実はこの点について、内閣府の「避難所運営ガイドライン」では最初のページにそれはわがままではないですよという説明があるのです。この文章、わたしの好きな部分なので、おまけで紹介させてください♪

「避難所運営ガイドライン」(出典:内閣府 http://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1604hinanjo_guideline.pdf

ここでは、スフィア基準と同様、「質の向上」というのは、「人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送ることができているか」という「質を問うもの」としています。スフィアでいうところの権利と書かなかったのは、誤解を避けるためかもしれません。でも、スフィアで書いている権利というものも、ここで書かれているように「人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送ることができているか」ということですから、文章にあるように、「『生活水準』とは全く異なる考え方であるため、『贅沢』という批判はあたりません」ということになります。

次にスフィア基準の人道憲章のあとには、以下の権利保護の原則が書かれています。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

権利保護の原則

◆さらなる危害に曝さない
◆公平な援助へのアクセスを確保
◆身体的・心理的な危害から保護
◆回復できるよう、人々を支援

このあと、コア基準というものがでてきます。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

この図は、現在のスフィアハンドブック(2011版)には入っておらず、CHS(Core Humanitarian Standard)という別の基準なのですが、2018版からスフィアのコア基準になります。今回は先取りでCHSの図を使って説明をしていただきました。

CHSの図では、支援の中心には被災した地域社会や人々がいること、人道性や公平性、中立性や独立性を考えて、個人と組織がどうあるべきか、9つのコミットメントが記載されています。

たとえば、

4 人道支援はコミュニケーション、参加、ならびに被災した人々の意見に基づいて行われる

5 苦情を積極的に受け入れ適切な対応をしている

ということが書かれています。

この「被災した人々の意見」を聴くという姿勢、被災者への説明を重視するスフィア基準では、この後の説明でもあちこちででてくるので意識しておいてください。

という具合に、トイレの記載は一体どこ?という感じになるほど、基本理念がたっぷり書いてあります。

基準・指標に固執し過ぎないことも重要

で、おまちかねのトイレなどの数字が書かれているところは、どこかというと、技術的各章とされる部分にあります。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

技術的各章には、被災者の生命を守るための4つの重要項目が書かれていて、

◆給水・衛生・衛生促進
◆食料の確保と栄養
◆シェルター・居住地・ノンフードアイテム(生活道具など食品以外の物品)
◆保健活動

とあって、トイレはというと、

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

ここにあります。給水・衛生・衛生促進の「ガイダンスノート」や

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

「付記」に書かれています。

ガイダンスノートや付記とは何?ということですが、

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

技術的各章の中には、重要な項目順に、最低基準、基本行動、基本指標、そしてガイダンスノート・付記が書かれています。

ガイダンスノートや付記そのものが最低基準ではないのですね。岡野谷さんによると、ここに注意が必要とのお話でした。

では、みなさんの気になるトイレの最低基準とは何かというと、

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

「人々は住居近くに、昼夜を問わずいつでもすぐに安心かつ安全な使用ができる、十分な数の適切かつ受け入れられるトイレ設備を有している」

これが、スフィアの憲章である「尊厳ある生活への権利」にそったトイレについての最低基準ということになります。

この基準を実現するための実践的な行動として「基本行動」が書かれていて、

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

ここでもまだ男女のトイレ比3:1は出てきません。それよりも、「衛生設備の設置場所、デザイン、適切さについて、すべての利用者(特に女性や移動に不自由のある人)の意見を求め、賛同を得ている

こちらの方が数字よりも重視されています。
すべての利用者の意見、避難所で反映されていますか?
基本行動のための基本指標としてあげられているのは以下です。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

基本指標として、「子ども、高齢者、妊婦、障がい者を含む被災集団全員が安全に使うことができる」「日中や夜間も、利用者、特に女性や少女の安全上の危険が最小化されるように設置されている」ということが掲げられ、このあとに、やっと先に紹介したガイダンスノートと付記がでてくるんです。

おわかりでしょうか?

スフィア基準、男女のトイレ比3:1というのは、とてもキャッチな内容なので、瞬く間に広がりましたし、避難所改善に大きく影響を及ぼしました。けれども、なんだか3:1じゃないのは悪、行政の怠慢みたいに、まるでこの数字がバイブルのように思われている傾向があるようです。しかし、スフィア基準の全体像を見ていただいたように、根本理念にそったものをいかに実現していくか、そのために数値化されているものの例の一つが男女比3:1という理解がとても重要です。

岡野谷さんのスライドでは、男女比3:1などの数値は、「これまでのデータからこの位になっているといいよね」という数値であると説明されていました。そして、ポイントとして、「すべての基準・指標に合致することに固執しない」ことが指摘されていました。

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

確かに、普段から女性のトイレは男性の3倍ではありません。個人的に思うのは、新幹線の駅のトイレなど、いつも大行列で全く足りていない感じです。でも、スペースがないので、3倍なんて普段から実現されそうにありません。だから、災害時にそれを実現できないのは当然ですよね。

また、男子トイレを、こどもたちの利用のしやすさから、個室にする小学校もでてきています。そうなると、こどもの意見を反映しているという意味で、女性トイレが男性の3倍にはなってなくても、スフィア基準には合致している施策なの?とも思えてきます。
■小中学校男子トイレ個室化 「よかった」55%(タウンニュース大和版)
https://www.townnews.co.jp/0401/2017/09/01/396878.html

つまり、何度か指摘してきたように、スフィア基準を遵守するのに大切なのは、数字そのものではなく、理念の実施と説明責任です。ですので、もし、数値目標が実現できない場合には、その説明こそが重要になるということです。岡野谷さんのわかりやすい資料によると、

岡野谷純さん(NPO法人日本ファーストエイドソサェティ)講演スライドより

 

◆スフィアの指標と実際の実現状況とのギャップを説明すること
◆ギャップの理由と、何をかえるべきか説明すること
◆被災者への悪影響を評価すること
◆悪影響によって引き起こされる被害を最小化するために適切な緩和措置をとること

これがスフィアの「きほんのき」であると理解しておきたいですね。そうではないと最も大切な話し合いができなくなってしまうので。スフィア基準は7年ごとに改定され、その間の災害ででてきた声を反映して常に変化することを前提にしています。数値化されると数字をバイブルと思いがちですが、そうではないということも理解しておきたいです。

またまたおまけですが、ここ、災害救助法の理念にそった弾力的な運用を本当はしなければいけないのに、数字の実行ばかりしてしまって、本末転倒な支援になってしまう問題とちょっと似てるかもと思いました。憲章を含め法や基準というものは、常に上位概念の趣旨に沿ってるかどうかが数値の実施よりも重要になります。そして、数値が実施できないのであれば、何が障壁になっているのか、多様な人に問いかけて、説明責任を果たし、常によりよいものを目指していけるといいですよね。

スフィアの基本の理念がわかったうえで、数字も使いこなせるといいなと思いました。

さて、岡野谷さんの講演は、海外の事例だけでなく、国内の災害や支援活動に照らしての紹介もあり、スフィアを身近に感じて理解することができました。また、ワークショップ型で気づきも大切にしながら実施されました。記事では、はしょってしまいましたが、それこそが、適正な手続きも重視するスフィア基準らしい研修でした♪

ワークショップをする参加者のみなさん(画像提供:あんどう氏)

これを機に興味を持ってくださる方がいらっしゃったらぜひ、岡野谷さんをはじめとするスフィアトレーナーの方に研修を本格的に受けていただければと思います!

次回はひきづつき、スフィア基準に合致した防災政策など具体的な報告をお伝えします♪

(了)

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