泊雲×芋銭の往復書簡450通 「小鼓」西山酒造場会長が出版

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刊行された「芋銭泊雲来往書簡集」

 氷上郡竹田村(現兵庫県丹波市市島町)で酒造場を営んでいたホトトギス系の俳人、西山泊雲(はくうん)(1877~1944年)と、カッパの絵で有名な日本画家の小川芋銭(うせん)(1868~1938年)。2人の交流は知られるが、泊雲131通、芋銭320通の手紙が公開され、芋銭の芸術や人柄に対する泊雲の心酔ぶり、芋銭が泊雲を激励する内容などからは互いの気持ちが垣間見られる。いずれも遺族が所蔵し、芋銭の一部は明らかになっていたが、今回まとめられ、自費出版された。(金井恒幸)

 泊雲は、銘酒「小鼓」で知られる西山酒造場の長男として誕生し、幼い頃から文学を好んだ。弟の俳人野村泊月の勧めを機に高浜虚子の門下となり、俳句雑誌「ホトトギス」で活躍。弟と共に「丹波二泊」と称されることもあった。ちなみに「小鼓」は高浜虚子の命名として有名だ。

 芋銭は現在の茨城県牛久(うしく)市で長く暮らした画家。武士の家に生まれたが、廃藩置県で帰農を余儀なくされた。上京後、画塾で絵を学び、新聞の挿絵や漫画で有名になり、俳画も手掛けた。その後、本格的な日本画家として活躍した。

 芋銭は後半生に知り合った泊雲の家を何度も訪れ、丹波の豊かな自然に魅了され、霧海などの作品を残した。2015年には丹波市内で芋銭の作品展が開かれた。また、泊雲は芋銭の作品を収集していた。

 今回の「芋銭泊雲来往書簡集」に掲載された手紙は、交流が始まった大正初期以降のもの。芋銭から泊雲へ宛てた最初の手紙(1916年)は、依頼された短冊の画について「描き損じたと考えたうち、『西瓜(すいか)小屋』を題材とする作は見るべきものがあるので、その短冊も送りました」との内容。本には手紙に加え、実際の短冊も写真で紹介している。

 泊雲の手紙には「先生のことを思わぬときはない」「心の友」と記され、芋銭の芸術や人柄に対する心酔ぶりが分かる。昭和恐慌に直面し、泊雲が酒造場経営に苦しんだとき、芋銭が「確たる信念の下、経営にまい進すべき」と激励した趣旨の手紙も載っている。

 本には遺族や研究者らによる寄稿も掲載。芋銭が酒好きで医者に禁止されても飲みたがったことや、泊雲が俳句が面白くて商売がおろそかになったことなど、人柄がしのばれるエピソードもある。

 出版は芋銭の生誕150年、没後80年を記念。発行者で西山酒造場会長の西山裕三さん(75)は、泊雲の長男と芋銭の次女の息子。西山さんは「手紙のやり取りを見ると、2人とも田舎育ちでぼくとつな点など息が合っていたことがよく分かる。やっと刊行でき、先祖供養ができた」と話す。

 編著者は芋銭研究者の北畠健さん(茨城県在住)。547ページ。3千円(税別)。西山酒造場TEL0795・86・0331