ママ友に馴染めない…。妻たちの特殊な世界で、"夫の素性"を隠し続けた女が受けた報復

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あなたが港区界隈に住んでいるならば、きっと目にしたことがあるだろう。

透き通るような肌、絶妙にまとめられた巻き髪。エレガントな紺ワンピースに、華奢なハイヒール。

まるで聖母のように微笑んで、幼稚園児の手を引く女たちを。

これは特権階級が集う「港区私立名門幼稚園」を舞台にした、女たちの闘いの物語である。

麻布十番在住の菱木悠理は、作家の夫・邦彦の願いで娘の理子を名門幼稚園に入れることになった。

妻たちから夏休みのハワイ集合に誘われた悠理が、偶然にも目にしてしまったのは、政界名門妻・東郷綾子と、芝浦妻リサの夫・遠峯涼真の密会現場であった。

綾子に助言するもぎくしゃくしたまま別れ、幼稚園ママたちとのディナーに参加する悠理。そこに一斉メールで、週刊誌のリンクが送られてくる。

そこには、夫・邦彦の不倫報道とともに、悠理自身の登園風景が盗撮されていた―。

「こんな状況で夏期保育に来るなんて…。はっきり申し上げて、迷惑です」

ハワイから帰国した翌日、悠理は迷った挙句に、幼稚園の夏期保育に登園した。待ち構えていたかのように、週刊誌記事リンクを母親たちに送った藤堂麗子が近づいてくる。

「この度は、お騒がせして申し訳ありません」

悠理が頭を下げると、周囲で遠巻きに見ている母親たちの強い視線を感じる。

藤堂麗子はそんな悠理を一瞥すると、予想の斜め上を行く言葉を言い放った。

「謝っていただいても迷惑なものは迷惑です。今朝もマスコミが門の外にたくさん。菱木さんご夫妻は、この園から出て行っていただきたいわ。あなた方の何もかもがこの園には場違いです」

セレブ妻の意趣返しか…いよいよ追い詰められる悠理

仲間になったはずが…容赦ない言葉に衝撃

「ご迷惑をお掛けして申し訳ないのですが…理子はとても楽しく通っていて、なんとかこのまま、と思っています。マスコミのことは、版元に抗議しています」

悠理が頭を下げながらも、はっきりと言葉を紡ぐと、それまで玄関の横に立ってやり取りを聞いていた芝浦妻・遠峯リサと、数人のとりまきが近寄ってきた。

「悠理さん。ご主人があの菱木邦彦さんだなんて、今まで一言もおっしゃらないから、みんなとても驚いているんですよ。結局ご主人はハワイにもいらっしゃらなかったし…。

何ていうかもう少し、妻として母親として、家庭も園生活もうまくハンドリングしたほうがいいんじゃないかしら。あんまりにも秘密主義じゃ、私たちとの信頼関係も育たないと思うの」

悠理は、無意識に下唇を噛みしめた。遠峯リサはなおも眉根を寄せて言い募る。

「ご夫婦の問題は理子ちゃんにも影響するでしょうし…。この園にいると、どうしても家族ぐるみで行動する機会が多いから、周囲と比較してしまって、悠理さんもお辛いのかなって」

あなたのご主人の遠峯涼真さんも、と言いたいのはやまやまだが、悠理はあくまで冷静に、代わりの言葉を口にした。

「主人とのことは…よく家庭内で話し合っていきたいと思っています。誤解だと言っておりましたし」

その瞬間、遠峰リサと藤堂麗子の目に憐れみとも侮蔑ともとれる色が浮かぶ。口調は心なしか優しく、いたわるような調子でさえあるから不思議だ。

「悠理さんたら…そんな常套句を信じてらっしゃるの?大作家の菱木先生も、言い訳の才能はないのね」

リサの少し上がった口角を見ていると、フェスティバルで一緒に必死に頑張ったことやハワイで過ごした楽しい思い出が浮かんでくる。

入園当初よりも、今、仲間になりかけたタイミングで嫌味を言われたことで、悠理はより深くダメージを受けた。

「有名人のご家庭は、普通と感覚が違うと聞きますし、女性関係のごたごたもよくあることなのかもしれませんが…これ以上園や私どもに迷惑をかけるようなことがあれば、こちらもしかるべき対応を考えさせていただきますわ」

藤堂麗子が、皆の総意だというように断じると、周囲の母親たちもこちらを見ながらうなずいている。

「…はい。大変申し訳ありませんでした」

悠理は、靴のつま先をじっと見ながら、もう一度頭を下げた。

コツコツ。

ドアを控えめにノックしてから、誰にはばかることもなく部屋のインターホンを押せばいいのだと、悠理は気づく。

しかし押しなおす暇もなく、ホテルの重い扉は内側からすぐに開かれた。まるで待ち構えていたように。

「悠理さん…ありがとう、入って」

10日ぶりに会う夫、邦彦が顔をのぞかせた。

悠理がついに、不肖の年上夫に告げた言葉は?

夫が口にした、衝撃の「妻への想い」

「理子は?大丈夫?」

コーヒーを淹れる間も無言だった邦彦が、ホテルの部屋のソファに座るなり、意を決するという様子で悠理に話しかけた。

「ハワイから直接実家に行って、そこから幼稚園も通っているから大丈夫。邦彦君は?担当さんたちにもご迷惑をおかけしてるんでしょ?」

「うん…面目ない。僕は大丈夫、この通りホテルに匿われてる。ニュース番組は強制的に休みになっちゃったけど…。小説を書いてるいくつかの出版社が手を回してくれて、これ以上記事が続くことはないと思う」

「続くようなネタがあるの?」

悠理は、正面から邦彦を見た。

ハワイで、政治家妻の東郷綾子に言った言葉を不意に思い出す。

「人生で一番好きだった人と結婚したひとはそう多くない」と。

だとすれば、これはその多くない一人になれた自分へのペナルティなのか。

あるいは他人に訳知り顔で説教をした、報いかもしれない。

そんな風に自嘲的になったその時、邦彦が突然床に伏して、頭を下げた。

「悠理!この度は本当に申し訳なかった。でも誓って言うけど、誤解なんだ。あの人は新人女優さんだけど、僕が出てる番組に、番宣で来てて知り合って。打ち上げの席で、作家の役作りのために仕事場が見たいっていうから」

「ちょっと、まさかそれで夜中に仕事場を見せた、っていうんじゃないでしょうね。情けない、作家のクセになんなの、その陳腐な言い訳!」

悠理は思わず立ち上がって叫ぶ。電話でも「誤解だ」を連呼していた邦彦は、どうせ浮気を認めないだろうと予想していたが、あまりにも人をバカにした言い訳ではないか。

「でも本当なんだよ!この時、他にも俳優がいたんだ。写真にはうまいこと映ってなかったけど…。何なら彼に電話もしようか、証言してくれるよ、何でもないって」

必死に床に這いつくばる邦彦をみていると、そんな言い訳も本当に聞こえてくるからタチが悪い。

しかしここで懐柔されては相手の思うつぼだ。悠理はこの際、ずっとモヤモヤしていたことも吐き出すことにした。

「だいたいね、この際言わせてもらうけど…邦彦くん、作家作家仕事仕事って、いくらなんでも私に家のこと押し付けすぎ!理子の幼稚園だって、何の予備知識もなくあんな特殊なとこに放り込んで…私がどれだけ苦労してると思うの?」

「…それは申し訳ないと思ってるよ。でも幼稚園の件は、僕にも思うところがあって」

邦彦は、床に正座したまま、しかし、真面目な表情で悠理を見る。

「思うところって何よ」

「…悠理に、せっかくだから『理子の母親』を、もっと楽しんで欲しかったんだ。仕事が一番で、育児にも一生懸命で、だからいつも両方に追われてて。

そんな悠理に、もしたっぷりの時間と、素敵なお母さん友達ができたら、また新しい世界を見られるだろうって」

「は?」

思いがけない発言に、悠理はまじまじと夫の顔を見た。まるで知らない男を見るような気持ちで。

「母親をもっと楽しめ?それをあなたが、この状況で言うの!?」

頭に血が上った。邦彦が何かを言いかけるが、その隙を与えず叫ぶ。

「その『素敵なお母さん』とやらに囲まれて、今私がどれだけ苦労してると思ってるのよ!」

気がつくと、悠理はこれまでの人生で初めて、怒りに我を忘れて部屋を飛び出していた。

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邦彦の真意はいかに?そして孤立無援の悠理に驚きの助っ人あらわる!?