2年ぶりに関取に復帰「豊ノ島」妻と支え合った地獄の日々

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「地獄のような緊張感。引退と隣り合わせで、プライドを捨ててやってきました」

2年ぶりに関取に復帰した豊ノ島(35)が、苦難の日々を振り返る。アキレス腱を断裂したのは、2016年七月場所直前の稽古中のことだった。

怪我の連絡を受けた沙帆夫人は、すぐに長女を連れて名古屋の病院へ駆けつけた。見舞客が帰った後の病室で、家族3人で泣き明かしたという。

「嫁さんには『ごめんな』と言いました。手術をすれば番付は幕下に落ちる。給料が出なくなって生活が大変になる。だけど『必ず関取に戻って、この涙を嬉し涙に変えられるように頑張るから』って」(豊ノ島、以下同)

手術後、懸命のリハビリの結果、一カ月半で歩けるまでに回復。夫人は今までよりも狭い、家賃の安い家への引っ越しを決行した。

2016年は豊ノ島にとって激動の1年だった。一月場所は12勝3敗で殊勲賞を獲得。三月場所の番付は関脇。7月にアキレス腱を断裂し、十一月場所の番付は幕下七枚目に。三役からわずか4場所で幕下に陥落した初の力士となった。

ただ、関取を12年以上続け、三役で13場所、三賞を10度受賞という実力者には、どこか慢心があった。

「正直、自分でも簡単に関取に戻れるんじゃないかと考えていたんです。順調にいけば2場所で十両に戻れると」

十一月場所から4勝3敗、6勝1敗。三月場所は幕下二枚目で、関取復帰は目前だった。が、ここでアクシデントに見舞われる。

場所前の稽古中に右ふくらはぎの肉離れを起こし、1勝5敗1休の成績に終わった。続く五月場所は、3勝4敗の負け越し。

「序盤で連敗したとき、嫁さんに『もう気持ちがもたない。(引退)を覚悟しておいてくれ』と言ったんです。

そしたら、『覚悟は結婚したときから常々できています。でも、次の名古屋まで頑張って、そこでダメならやめればいいじゃない』と言われたんです。娘からも、『絶対お相撲やめないで』って言われました」

家族の後押しもあって、2018年一月場所には幕下五枚目まで番付を戻していた。だが、再び悪夢が。取組中に左ふくらはぎの肉離れを起こし、この場所は0勝3敗4休だった。

「このときばかりはもう無理だと思いましたね。神様なんていねえじゃないかって。双六でいえば、上がりの直前に“振り出しに戻る”ですよ。それも二度もですから」

豊ノ島の気持ちをもう一度奮い立たせたのは、この場所で優勝した栃ノ心だった。

「彼も怪我で幕下まで落ちている。俺と同じじゃないか、苦しくても諦めずに頑張ったんじゃないかって」

三月場所の番付は、復帰後もっとも下がって幕下三十五枚目。だが、何か吹っ切れたものがあったという。

「決めたんです。ここから先、負け越したら引退と。そりゃ苦しいですよ。地獄のような緊張感。引退会見の夢も見たし、相撲の話をしているだけで自然と涙がこぼれてきそうになります。

正直にいえば、幕下にいた2年間、最初の一年は全力でやらなくても勝てるだろうとか、みっともない負け方はしたくないとか、へんなプライドがあった。そういう気持ちを捨てました」

三月場所以降は6勝、5勝、5勝。そして、幕下筆頭として迎えた九月場所を6勝1敗とし、2年ぶりの関取復帰を果たした。

「九月場所、4連勝した時点で花道で泣いてしまったんです。その日、嫁さんに『泣くのはまだ早い』と言われて。確かにあの時点で十両に上がれる保証はなかったですから。

千秋楽の夜に、『俺一人だったらとっくにやめてた。これまでありがとう』って言ったら、今度はこっちが引くくらい大泣きされました(笑)」

十一月場所は、2年ぶりに関取として迎えることになるーー。

(週刊FLASH 2018年11月20日号)