「大宰府府庁域は長方形」 小田氏が新説提起 発掘50年講演会

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中央の長方形(赤線図)が小田新説の府庁域案、逆凸字型(緑線図)が石松説の案

「遠(とお)の朝廷(みかど)」と呼ばれた古代大宰府政庁(福岡県太宰府市)を中心とする大宰府史跡の発掘調査50年を記念した講演会が10日、同市であり、小田富士雄福岡大名誉教授が大宰府府庁域について「長方形だった」とする新説を提起した。これまでは「逆凸字型」とする説がほぼ通説化していたが、同史跡調査研究指導員長で開始時から携わる小田氏が35年ぶりに修正した。

大宰府府庁域とは、政庁とその周囲の官衙(かんが)(役所)群を含めた範囲を指す。戦前の1937年、鏡山猛氏(後の九州大考古学科初代教授)が周辺の条里制(古代の土地区画)を参考に「4町方域(1町108メートル換算)の正方形」とする最初の復元案を作った。

逆凸字型説は83年、発掘を担当した石松好雄九州歴史資料館調査課長(当時)が提起。それまでの成果を基に、正方形を東、西、南に広げた。現在まで批判的意見もなく、受け入れられてきた。

石松説に関し、小田氏は「政庁跡前面を東西に走る県道から北側は鏡山復元案を踏襲し、南側は発掘成果を基にしていて不統一感がある」と指摘。「府庁域を東西6町、南北7町(1町90メートル換算)の長方形とみると、県道南・北域を統一的に復元できる。古代の首都・藤原京なども長方形で整合性がとれる」と述べた。

=2018/11/11付 西日本新聞朝刊=