<東日本大震災 復興人>人づくり、南三陸支援 町と若者をつなぐ力に

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被災地で人材育成に尽力する佐藤さん(右)と妻圭亜希さん=10月3日、宮城県南三陸町志津川中(写真は合成)

◎仙台市・一般社団法人クリエイタス東北代表理事 佐藤陽さん(28)

 「働くのが楽しそう。そう思う人は挙手して」。宮城県南三陸町の志津川中(生徒217人)で10月3日、企業関係者が参加するイベントがあった。

 リクルートライフスタイル、NTTドコモ、全日空、楽天野球団-。有名企業の社員が、車座になった3年生86人に、各社が展開する東日本大震災の復興支援策などを語り始めた。

 イベントを企画した一般社団法人クリエイタス東北(仙台市青葉区)の代表理事佐藤陽(あきら)さん(28)は「外の世界で働く人と触れ合いながら地域の課題を見つけ、解決のためにどんな勉強が必要なのかを考えてほしい」と呼び掛けた。

 各社のブースも設けられ、リクルートライフスタイルのコーナーでは、佐藤さんの妻圭亜希(けあき)さん(28)=名取市出身=が美容系タウン誌の仕事を紹介。「きれいになりたい人とそれをかなえる人をつなぐ仕事。都会と被災地の垣根はない」と説明した。

 佐藤さんは1995年の阪神大震災に遭った。兵庫県西宮市の自宅は全壊し、弟=当時(1)=が犠牲になった。当時は4歳。物心がつくころに西宮市は復興し、災害の記憶は薄れていった。

 2011年3月11日、津波にのまれる南三陸町をテレビで見て阪神の情景がよみがえった。「家族や地域に対し何もできなかったことに気付いた。今度こそ誰かの力になりたい」

 震災後の人口流出もあって南三陸町の若年人口は半減した。地域の将来を担う子どもたちの育成は重要性を増している。佐藤さんは勤めていた会社を辞め、志津川中の学習支援を行うNPO法人「キッズドア」(東京)のメンバーとして15年10月、同町で活動を始めた。

 16年4月、学力向上に向けて町が志津川高に置いた公営塾「志翔学舎」の設立に参画。講師を務めた。会社員時代に同僚だった圭亜希さんが常に支えてくれた。

 今春、志翔学舎で学んだ生徒15人が四年制大学に進学した。前年の10人から増えたものの、「仮に大学に行けても将来何をやりたいか分からない」と教え子に打ち明けられた。

 学力を向上させ、大学進学者を増やすことだけが正しいのか。「やりたい事があって都会に行くのではなく、やりたいことが特にない子どもたちが町を去ることこそ問題ではないのか」

 佐藤さんは「人づくりによる復興」を新たな目標に据えた。本年度、活動の母体となるクリエイタス東北を町と連携して設立した。

 今後は子どもと民間団体、地元議会などとの交流会も計画するつもりだ。「この町の子どもたちが、すてきな大人になれるまで力を尽くす」。佐藤さんが復興の先の人材育成を見据えた。(報道部・菅谷仁)

<描く未来図>芯通った生き方を

 家族や近所、同窓生との強いつながりや美しい自然-。南三陸町の素晴らしさは子どもの頃には気が付かないかもしれない。子どもたちにはたくさんの職業、町外の社会に触れる中で、自分たちの強みや芯の通った生き方を見つけてほしい。防潮堤の工事が終わっても、人づくりを通した復興に終わりはない。