【パラアスリートの言魂】車いすフェンシング 藤田道宣

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剣さばきの技術とスピードが重要となる車いすフェンシングの藤田道宣選手。
18年10月のアジアパラ(インドネシア)では、男子フルーレで銀メダルを獲得し、2020東京での活躍が期待される選手だ。
そんな藤田選手には、選手以外にもう一つの顔がある。

太田雄貴に誘われた“車いすフェンシング”
大学2年生の時、海水浴中の事故で頸髄を損傷。麻痺した下半身は「二度と回復しない」と医師から宣告を受けた。

高校時代からフェンシングに取り組んでいた藤田選手。高校3年生でインターハイ出場、大学1年生でインカレ7位、全日本選手権ベスト16に入り、将来を期待されていた矢先だった。

そんな時、高校時代の先輩で、2008年北京、12年ロンドン男子フルーレで2大会連続銀メダルに輝いた太田雄貴さんから「車いすフェンシングをやってみないか」と誘われ、将来への希望を見いだした。

選手であり、僧侶である藤田選手
実は藤田選手には車いすフェンシングの選手という顔だけではなく、僧侶というもう一つの顔がある。

車いすフェンシングの競技生活を続ける中で、両親や友人への感謝の思いが湧き上がったという藤田選手。

「今度は自分が誰かを支えたい」

その想いから大学院に通い、“臨床宗教師”の資格を取った。現在は選手活動とともに、被災地・医療機関・福祉施設などの公共機関で心のケアを提供する宗教者としても活動している。

藤田選手は、東日本大震災後の東北を訪れた際、「苦しんでいる人を目の前にした時に、何も出来ない自分がいたことに、凄くショックを受けて…」と悩んだそうだ。

そこで師事していた龍谷大学の鍋島直樹教授に相談したところ、「何も手伝えないけど、そばにいるだけで、その人のためになるんだよ」と言われた。

藤田選手は「僕の生き方を変えてくださったという風に感じています」と、自身も救われたと振り返った。

“本物とはなにか”

藤田選手の生き方をも変えたという恩師の鍋島教授は、「彼は私の想像がつかないような苦しみ、辛さを経験しています。自分が苦しいことがあった分、人々に寄り添いたいという気持ちがあったわけです」と藤田選手を語る。

さらに続ける。

「“本物とはなにか”、というのを彼は求め続けていると思うんですね。でも“本物とは何か”ということを求め続けるプロセスそのものに、“本物”があると彼を見ていて思います」

選手であり、僧侶でもある藤田選手が、2020東京で見せてくれるメダルは何色になるだろうか。
その日が来るまで、藤田選手は“本物とはなにか”を求め続ける。

藤田道宣(フジタ・ミチノブ)

1986年11月22日生まれ 31歳 熊本県出身 トレンドマイクロ所属。
両下肢機能全廃。
平安高(現龍谷大平安高)-龍谷大-龍谷大大学院卒。
18年ワールドカップ(モントリオール)男子フルーレ銅メダル。
右手の握力はなく、腹筋の力もほとんどない中、高校時代から培った駆け引きのうまさを武器に、世界と戦う。