偶然だった同時ピットイン。「胃が痛くなった」RAYBRIGの勝負を懸けたストラテジーとKeePerの誤算《GT500決勝あと読み》

「今までで一番、胃が痛くなるレースだった」

 レース後に苦笑するのは100号車RAYBRIG NSX-GTの伊与木仁チーフエンジニアだ。1号車KeePer TOM’S LC500との同ポイントで迎えたタイトル決戦、前でチェッカーを受けた方がチャンピオンというシンプルな状況なだけに、ドライバーと同様にチームもお互いを意識するプレッシャーの中での戦いとなった。『どうしたら相手の前に出られるか』『どうしたら防げるか』──両者それぞれのレース中の戦略を追った。

 最終的に1.5秒差でのフィニッシュとなったRAYBRIGとKeePerのタイトルを懸けた直接対決。RAYBRIGは2番グリッドスタート、そしてKeePerは6番手からのスタートとなったが、まず目に付いたのが、RAYBRIGがスタートドライバーに山本を選んだことだ。前回のオートポリスではスタートをバトンが担当し、後半スティントで山本が順位を上げるというパターンで5位入賞を果たしたが、RAYBRIGはこの最終戦でパターンを変えることになった。

「SUGOのレースと理由が似ていますね。濡れた路面コンディションから始まってドライに変わって、短い時間でタイヤ選択、ソフトとミディアムの評価、そしてセットアップを確認しなければいけない状況だった」と話すのはRAYBRIGの伊与木エンジニア。

 加えて伊与木エンジニアがもっとも把握したかったのが、タイヤ無交換作戦をできるかできないかの判断だった。今回の土曜日の練習走行の走り始めはウエットコンディションだったため、どのチームもロングランができておらず、持ち込んだタイヤの評価が難しい状況だったのだ。

「タイヤ無交換で最後まで行けるかどうかの判定をするには、やっぱり(山本)尚貴の方が経験も豊富な分、ジャッジメントがしやすい。そして、できれば前半で1秒でも2秒でも多くのマージンを作りたいこともあって、前半からプッシュしてほしかった」と伊与木エンジニア。

 レースでは実際、19周目からピットストップ合戦が始まったが、RAYBRIGとKeePerは動かなかった。そのうち、2台の間に入っていたマシンが次々とピットに入ると、RAYBRIGとKeePerは見た目上のトップと2番手となり、順位が前後することになった。

 RAYBRIG山本はレースでKeePerキャシディに24周目の時点で7秒4のギャップを築いていた。だが、それは伊与木エンジニアにとっては微妙なタイム差だった。

「もし1号車がタイヤ無交換で来るなら、ウチがタイヤを四輪換えても前に出られるタイム差、本当は最低10秒のギャップがほしかった。願わくは15秒あれば良かった」

■逃げるRAYBRIGの不安、追うKeePerの当初のプラン

 22周目をピークに、ほとんどのチームがピットストップに入っていた。タイヤ交換後のマシンの方がタイムが良ければ、ピットタイミングを遅らせてコース上に残った方はピット作業後に順位を下げてしまうアンダーカットになる可能性が高い。だが、7~8秒のギャップではRAYBRIGとしては自分たちが先に四輪交換をしてしまうと、あとからKeePerがタイヤ無交換をした場合、一時的にポジションを奪われてしまうことになる。

「1号車より先に動きたくはなかった。『1号車、先に動けよ!』という心境だった」とRAYBRIG伊与木エンジニア。そしてもうひとつ、伊与木エンジニアはレクサス陣営のチームプレーを警戒していた。

「ウチがもうひとつ危惧していたのが、トヨタが他のチームのマシンをタイヤ無交換にするという可能性です。(タイトルに関係のないレクサス陣営のマシンが)ウチの前に出されて前を塞がれたらマズイ展開になる。ですので、前半で他のトヨタ車の前に出られないような位置までマージンができればいいなとも思っていた」
 
 一方、6番手スタートからRAYBRIGの背後となり、直接対決の接近戦に持ち込むことができたKeePerの小枝エンジニアは当初、RAYBRIGにピットタイミングを合わせる方針ではなかった。

「最初に22周目くらいにピットに入れようと考えて入れかけたんですけど、36号車(au TOM’S LC500)がピットに入るというのもあり、100号車もピットに入る様子がなかったので様子を見みました。タイヤ的にもグリップが落ち着いていて、リスクはあるけどタイヤ無交換ができないわけではないというのをニック(キャシディ)から聞いていました」と小枝エンジニア。

 その時点で、小枝エンジニアはタイヤの無交換作戦を決断し、メカニックに指示を出した。

 しかし、その直後、状況が急転した。

 25周目、26周目と同じようなラップタイムを刻んでいたが、それまで1分42秒0のタイムを並べていたキャシディのタイムが、27周目に1分42秒3、28周目に1分42秒6と突然、落ち始めたのだ。2台の差は7秒4から8秒8、そして9秒4と広がった。そのタイミングを、RAYBRIG伊与木エンジニアは見逃さなかった。

■RAYBRIG四輪交換ストラテジーの根拠、KeePerの誤算

「それまでに6号車(WAKO’S 4CR LC500)や39号車(DENSO KOBELCO SARD LC500)がピットに入ってタイヤ交換をしていた。やっぱり彼らもタイヤの保ちは厳しいんだ、不安なんだと。だから1号車が本当にタイヤ無交換で勝負してきたとしても、それはおそらく彼らの基本のストラテジーのひとつではなくて、切羽詰まった状態での無交換になるんじゃないかと。だったら、向こうが無交換でピットで前に出るかもしれないけど、ウチはタイヤを換えようと」

 一方、タイヤ無交換を一度決断していたKeePer小枝エンジニアは、突然のラップタイムダウンを受けて迷ってしまった。

「無交換で行こうと決めていて(前に出て逆転する可能性にかけて)100号車とのギャップを見ながら、と思っていたら、ズルズルとラップタイムが落ちてきて、そこですぐにタイヤ無交換は無理だと判断しきれなかった。すぐにピットに入れようという判断ができなかった。それを判断したのが結局、100号車と同じタイミングだった」

「周りのタイムを見てもタイヤを換えたマシンのタイムの方が速いので、その時点でピットに入ったとしてもだいぶポジションを失ってしまうことはわかっていたけど、ニックのタイヤはきついのだろうと。その時点で判断が遅かったですね」と小枝エンジニアは後悔する。

 そして、お互いのラップタイムを見て、それぞれの思惑で決断したピットタイミングが結果的に同じ30周目だった。

 30周目にピットインしたKeePerは36秒7の制止時間でキャシディから平川にステアリングを代わって後半スティントへ。一方のRAYBRIGは37秒5の制止時間で山本からバトンに乗り代わった。タラレバで、KeePerはその時点でもし、タイヤ無交換を選択してRAYBRIGの前に出ることができたら勝機はあっただろうか。
 
「タイヤ無交換で行ったとしても、結構、厳しかったと思います。それにやはり、クルマとしての差はあったと思いますので、難しかったとは思います」と小枝エンジニア。

「戦略は完全に僕のミスです。タイヤを換えて『ごめん。もう(平川)亮に任せた』という形になったので、亮には悪かったと思っています。もう少しピットストップのタイミングを早くしていれば、ひょっとしたら前に出れたかもという可能性はあったし、少なくてもピットアウト後に100号車との間に何台かマシンが入るような状況にはならなかった。あの状況を作り出してしまったのは僕のミスです」

 しきりに自分を責める小枝エンジニア。それでも、後半スティントのKeePerと平川は怒濤の追い上げで39周目には5.8秒あった100号車バトンとのギャップを1秒ずつ縮め、43周目には1.7秒、そこからフィニッシュまで100号車の背後について前を伺う見せ場は作った。

「あれは完璧に亮の力です」と小枝エンジニアは謙遜するが、最終戦でのNSXとLC500のパフォーマンス差は、明かにNSXの方が上だった。劣勢状態だった今回のLC500のパフォーマンスでNSXと互角以上の戦いを見せ、チャンピオンまであと一歩というところまで100号車を追い詰めることができたのは、ドライバーの力だけでなく、まさに小枝エンジニアとトムスチームの総合力の高さだったのではないだろうか。

2018スーパーGT第8戦もてぎ 決勝

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