救えなかった赤ちゃんと母親 「一生忘れない」 “世界で最も忙しい産院”で命と向き合い続ける女性医師

MSFのホースト産科病院では1日100件もの出産を扱う © Kate Stegeman/MSF

MSFのホースト産科病院では1日100件もの出産を扱う © Kate Stegeman/MSF

「最善を尽くしても、助けられない人がいます。それが一番つらかった」。ベルギー出身の産婦人科医、セヴリン・キャルワーツ医師はこう語る。

出産が“アジアで最も危険”とされる国、アフガニスタン。不安定な治安状況や道路事情、長引く紛争による医療者不足といった要因が絡み合い、母子の死亡率は世界最悪の水準となっている。

MSFのキャルワーツ医師 © Vivian Lee/MSF

MSFのキャルワーツ医師 © Vivian Lee/MSF

国境なき医師団(MSF)は、お産によって命を落とす赤ちゃんとお母さんを減らすため、アフガニスタンで医療援助に取り組んでいる。東部ホースト州では、2012年に産科病院を開院。分娩件数は増え続けており、月間2000人もの妊婦が出産に訪れる。これは、MSFが世界各地で運営する産科の中でも最多だ。

6年前の開院当初からプロジェクトに参加しているキャルワーツ医師は、通算9回目となる活動を終え帰国した。「ここでの仕事が私の人生を変えた」というキャルワーツ医師には、忘れられない患者がいるという。

究極の選択を迫られた夜

あの女性患者の姿は、死ぬまで脳裏から離れないでしょう。今年5月、ちょうど祖母の命日でした。

病院から電話がかかってきたのは夜9時30分。夜間の当直をしていたアフガン人の同僚からでした。妊娠7~8ヵ月の急患が病院に搬送され、重度の喘息発作が起きているという話でした。お腹の中には三つ子がいました。

麻酔の準備をするMSFスタッフ © Andrea Bruce/Noor Images

麻酔の準備をするMSFスタッフ © Andrea Bruce/Noor Images

病院に駆けつけると、女性が心不全に陥っていました。心臓が止まって酸素が血中に送り出されず、空気を求めてあえいでいます。

薬を投与し、麻酔科医を呼びました。蘇生を始める前に、胎児を帝王切開で取り上げなくては。でも、手術室に移すのはためらわれました——母体にとって非常に危険な手術になりますから。手術中、いつ命を落とすとも知れません。究極の選択でした。

帝王切開を待つ女性患者 © Andrea Bruce/Noor Images

帝王切開を待つ女性患者 © Andrea Bruce/Noor Images

私たちは、容体が安定するまで様子を見ることにしました——もしご家族が合意すれば、1時間後に帝王切開しようと。私は、女性の夫と義母に状況を説明するため外へ出ました。

その時です。事態が急変し、女性は心停止してしまいました。まだ生きている赤ちゃんを救うためには、一刻も早く手術する必要があります。でも、手術室に運んでいる暇はない——仕方なくサンダル履きのまま、その場で緊急手術しました。三つ子は無事でしたが、お母さんは分娩室のストレッチャーの上で息を引き取りました。 

新生児の救命処置をするMSF助産師と看護師 ©Andrea Bruce/Noor Images

新生児の救命処置をするMSF助産師と看護師 ©Andrea Bruce/Noor Images

ご主人が入室した時のことは一生忘れません。妻の遺体にすがり、泣き崩れる男性の姿を見て、その場にいた全員が泣きました。

手を尽くしましたが、2人の赤ちゃんは30分しか生きられませんでした。3人目は何とか命拾いしてほしい——そう祈っていました。そうすれば、この惨状にも希望を見出せると。けれど、3人目の女の子も36時間後に亡くなりました。 

「希望」という名の子どもたち

ありがたいことに、このような悲劇はめったに起こりません。病院に来る大半の女性は、元気な赤ちゃんを抱いて、無事に退院していきます。

ここでの仕事は私の人生を変えました。アフガニスタンの現状を変えようと奮闘する素晴らしい女性たちに出会い、この国の美しい側面を見られて本当に光栄でした。 

現地のジェンダー観に配慮し、医療スタッフの大半が女性 © Kate Stegeman/MSF

現地のジェンダー観に配慮し、医療スタッフの大半が女性 © Kate Stegeman/MSF

MSFは、出産で亡くなる母子を減らすことに大きく貢献しています。ホースト州での活動は、私の誇りです。

この病院は、地域の人びとにとって真の希望。それで、娘に「ヒラ(現地の言葉で『希望』の意)」と名づける女性が多いのかもしれません。この名前には、女性、子ども、アフガニスタンにとってよりよい未来を願う気持ちが込められています。

ここの人たちには希望があります。だからきっと、女性や子どもを取り巻く状況はよくなっていくでしょう。まだまだ先は長いですが、いつかその日は来る——そう願っています。 

アフガニスタン各地のMSF病院でたくさんの命が誕生している © Mathilde Vu/MSF

アフガニスタン各地のMSF病院でたくさんの命が誕生している © Mathilde Vu/MSF

MSFは2012年にホースト産科病院を開院。医療資格を持つ女性スタッフと専門的な医療設備を配し、質の高い産科医療を無償で提供している。対象となる地域人口は150万人。2017年には、同州における出生数の約4割にあたる2万3000人近くがこの病院で産声を上げた。 

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