スフィア基準は実際に避難所でどう生かされているの? スフィア基準きほんのき(その2)

スフィア基準を生かすって、具体的にどのようなことでしょうか?(Photo AC)

先週のスフィア基準の記事、いかがでしたか?スフィア基準の奥深さを感じていただけましたでしょうか?

■トイレの数より大事なこと。スフィア基準の基本、ご存知ですか?
「避難所の質の向上」を目指す国際基準
http://www.risktaisaku.com/articles/-/12466

引き続き今週は、国内や海外での反映の例についての報告です!登壇されたのは、神奈川県立保健福祉大学の教授でもあり産婦人科医でもある吉田穂波先生です。

神奈川県立保健福祉大学教授の吉田穂波先生(画像提供:あんどう氏)

女性防災ネットワーク東京の呼びかけ人もされていて、5人のお子さんがいる穂波先生。そのご活躍が素敵すぎて、私は密かに穂波先生を主人公にしたマンガを描きたい(原作者がいいなーと妄想中)と思っているほどです!

穂波先生は、聖路加国際病院で臨床研修ののち、名古屋大学医系大学院で博士号を取得。その後ドイツとイギリスで産婦人科及び総合診療を学び、女性医療の推進に携わりました。

2008年、ハーバード公衆衛生大学院に留学し2010年に公衆衛生修士号を取得した後、安倍フェローシップを得て同大学のリサーチフェローとなり少子化対策に関する政策研究に取り組まれてきました。

2011年の東日本大震災では産婦人科医として妊産婦や新生児の救護に携わるかたわら、災害時の母子保健整備の必要性を感じ、人財育成、政策研究、諸外国との共同研究やガイドラインの作成に関わるなど、母子保健レベルの向上に尽力されています。

東日本大震災が起こった後、いてもたってもいられず被災地である石巻に入られた穂波先生。少しでも困っている妊婦さんの助けになればと思われたそうです。

ところが、避難所では当初なかなか妊婦さんがみつかりませんでした。実際にはいらっしゃっても、まわりの迷惑にならないように、我慢されたり、相談もされていなかったりしたのです。妊婦さんの数が把握できないほど、災害時の母子支援体制がない現実がそこにはありました。

他方で、支援にはいった海外のチーム、たとえばイスラエルの医療チームは、「災害時にも出産があるのは当然」という前提で支援に来てくれていて、産科・小児科用の医療キットや簡易に建築できる診療所の設備まで持って入っていたそうです。

被災地でも、赤ちゃんが生まれることはあたりまえだととらえる人道支援の国際基準を勉強するうちに穂波先生は、スフィア基準に出会ったとおっしゃいます。

写真を拡大 (出典:神奈川県立保健福祉大学・吉田穂波先生 講演スライド)

穂波先生のすごいところは、このスフィアを学んだだけでなく、その理念を実現するために、政策に応用させてしまっていることです。

以前、リスク対策.comでもご紹介した文京区の母子避難所の実現に中心的に関わっていらっしゃったのが穂波先生で、先日、世田谷区の母子避難所開設のための市民会議があった際も参加されていました! 

■母乳育児でもミルクを備蓄??子育て中の親に優しい防災情報を!~佐久市医師会情報がステキ!~
http://www.risktaisaku.com/articles/-/5279

母子避難所を設置したければ、穂波先生にノウハウを聞くというのが定番になりつつあります。

また穂波先生は、医療者として支援に入ると、つい、助けたいという気持ちから支援の先回りをしてしまうこともありがちだけれど、それだと、支援を受ける側の自己肯定感を下げてしまうことにもなりかねないことを心配されています。

支援を受ける側の「受援力」も大事です。

そのため、支援を受ける側の受援力を高める取り組みもされています。「受援力のすすめ」などスフィアの理念に合致した様々な政策に役立つツールは穂波先生の公式サイトからダウンロードできます。

■「災害時に次世代を守るためのツール」(吉田瑞穂先生 公式サイト)
https://honami-yoshida.jimdo.com/災害時に次世代を守るためのツール/

この受援力のすすめは、こんなことも書かれているんです。

写真を拡大 「受援力のすすめ」(出典:吉田穂波先生「災害時に次世代を守るためのツール」)

背負いこんで我慢や妥協を溜めるとエネルギーを奪われがちです。でも、誰かの役に立ちたいと思っているけど力を発揮できていない人もいます。そんな人にこちらから「助けて」と声を上げることで、マイナスではなくプラスの循環が生まれることが書かれています。ラクをすることに罪悪感は持たなくていいのですね!

さらに、今、話題の自己責任の話もこの中にはあったので、引用します。こんな暖かい言葉で書いてもらえると、様々な問題も穏やかにスムーズに解決していく気になります。

写真を拡大 「受援力のすすめ」(出典:吉田穂波先生「災害時に次世代を守るためのツール」)

その他、ダウンロードできる「あかちゃんとママを守る防災ノート」も作成されて、妊婦さんが心配に思うチェック項目を持ち歩けるものもあります。チェックしてみてくださいね。

写真を拡大 「あかちゃんとママを守る防災ノート」より(出典:内閣府http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/hinanzyokakuho/wg_situ/pdf/dai3kaisankou4.pdf

さらに穂波先生の実践は続きます。

写真を拡大 (出典:神奈川県立保健福祉大学・吉田穂波先生 講演スライド)

紙の母子健康手帳が災害で紛失したり毀損してしまった経緯があるので、それを電子化するだけではなく、平時に健康情報を蓄積しておいて、災害時、支援者が情報を活かして助けに行けるような体制を作ったり、支援者同士がお互いに書き込めるような体制を神奈川県で整えようとされています。

穂波先生の取り組みをみていると、様々なセクターでスフィア基準の理念を反映させ、生きた智恵として活用しようとしていることがわかります。みなさまの様々な活動にスフィアの理念を活かす際の参考になるのではないかなと思いました。

災害時にハンディをもつ要配慮者の定義とは?

次は、減災と男女共同参画研修推進センター・共同代表でもあり、早稲田大学地域社会と危機管理研究所・招聘研究員の浅野幸子さん。

早稲田大学地域社会と危機管理研究所・招聘研究員 浅野幸子さん(写真提供:あんどう氏)

自分たちで企画したイベントでありながら、盛りだくさんだなあと書きながらしみじみ思っています。

浅野さんは、多様性の視点から地域や自治体の防災力を高めていこうと、全国各地で講演や研修を行っています。さらに、内閣府の「避難所運営ガイドライン」、「男女共同参画の視点からの防災・復興取組み指針」などの策定にも関わられてきました。

写真を拡大「男女共同参画の視点からの防災・復興取組み指針 チェックリスト」より (出典:内閣男女共同参画局 http://www.gender.go.jp/policy/saigai/shishin/pdf/shishinhinanjyochecksheet.pdf

浅野さんは、まず、海外の支援は、災害時に脆弱性のある人とする範囲が広いということを教えてくれました。

国内の議論では災害時に配慮しなくてはいけない人たちを「災害弱者」や「災害時要援護者」という言葉で示し、具体的には、

-乳幼児・高齢者・心身の障害者
-妊産婦・傷病者、
-外国人居住者、旅行者

のような方たちを想定してきました。
危険が迫った時に、身体・情報・対応でハンディをもつと思われる人たちです。

けれども、国際的な議論では、多様な人々として、性別、性自認、そして年齢によっても対応が異なると捉えられています。それだけでなく、家族構成や、就労状況など、社会・経済・文化や政策等の影響によって、個人や地域の被害の程度や拡大傾向が異なってくると捉えています。

例えば、同じ妊婦さんでも、シングルマザーの人や介護もされている方への支援は異なります。同じ問題を抱えている人も経済力によっても様々な違いがあるはずですから、このように議論の幅が広いと、よりきめ細やかな支援につながります。

スフィア基準でも、国際的な議論と同様、脆弱性を広く捉えていて、子ども、ジェンダー(特に女性への配慮)、高齢者、HIV/AIDS、障がい、心理的問題、災害リスク軽減、環境・気候変動などについて横断的なテーマとして、常に意識して書かれています。

写真を拡大 「スフィア基準の全体像」。横断的に子ども、ジェンダー(特に女性への配慮)、高齢者、HIV/AIDS、障がい、心理的問題、災害リスク軽減、環境・気候変動をとらえている(出典:静岡大学・池田恵子先生作成スライド)

スフィア基準の全体の構成としては、被災者の人権、支援を受ける権利について確認した上で、すべての分野に共通する基準(コア基準)について記述し、さらに分野別の基準を取り上げるという形となっています。

これについては、先週の記事でも書きました。災害時、脆弱性のある被災者は今よりさらに厳しい状態に置かれがちです。それゆえスフィア基準では、被災者の権利保護・当事者性をとても重視しています。

次回は、それを受けたコア基準から性別・多様性に関連した部分を浅野さんに紹介していただきます。

(続く)

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