英国で就職した女性が日本で家業に挑む訳 大学の講座で気づいたもの 「後継への挑戦」(2)

「野菜苗の定期お届け便」のレジュメを持ち笑顔の小野未花子さん

 「家業を継ぐというイメージが自分の中で180度変わった」「継ぎたいという気持ちが増えたし、その覚悟ができたら親に言う」―。

 7月20日、大阪府吹田市の関西大千里山キャンパス。実家が家業を営む学生が集う講座「次世代の後継者のための経営学」の最終授業で、学生が輪になり、4カ月間家業と真剣に向き合った末の心の変化を思い思いに吐露した。

 現在、国内企業の後継者難は深刻だ。調査会社の帝国データバンクの調査(2017年)では、国内企業の66・5%が後継者不在。特に売り上げ規模が年間1億円未満の企業では、78・0%と高水準だ。

 講座では、実際に家業を継ぎ新規事業を始めた現役の経営者が体験談を披露。学生も自分の家業の強みを調べ、自分なりの新規ビジネス案を発表、他の学生らが意見をぶつる実践的な内容だ。

 実家が兵庫県市川町で育苗業「文化農場」を営む小野未花子(おの・みかこ)さん(26)も、関西学院大在学中にこうした講座を受講したことがきっかけで「育苗業に将来性があることに気付いた」と家業を強く意識し始めた1人だ。

 高校生の時に訪れたタイで、豊かな学生がいる一方、雨水でシャワーを浴びている貧しい子どもたちを見たことで、教育や食育、人道支援に強い関心を持った。

関西大で開催された「次世代の後継者のための経営学」

 大学卒業後に英国の大学院に入学、修士課程を修了。英国でインターネットを使った授業を提供する会社に就職した。

 英国では「農家がすごく誇りを持ち、若い世代もいっぱい従事している」という文化に触れた。それは、日本でも農業を面白くできるとの思いにつながり、「いずれ」と思っていた家業を再度強く意識し始めた。

 そんな時、偶然アジア担当になり、日本で働くことに。家業でやってみたいと温めていたアイデアを実行に移そうと考え始めた。

 苗に育て方を添付した栽培キットを企業に定期的に届け、リーフレタスやパセリ、プチトマトなど新鮮な野菜を提供、弁当と一緒に職場で食べてもらうプランだ。

 職場内に緑を持ち込むことで、癒やしも提供できると考えている。家庭向けも検討中だ。課題は、配送途中で品質が落ちるリスクをどうなくすかだ。

 一人娘。父親の康裕(やすひろ)さん(60)は、未花子さんが大学生の時は「子どもを後継者とする時代ではない」と考えていた。今もあくまで本人の選択の自由とした上で、「親としては、なんとか会社を動かしていこうとなってくれてうれしい」と語る。

 そして、娘のやり方には「これからの農業は物を作るだけではない。教育事業とうまくコラボレーションして新しいものを生み出してもらえれば。形を変えながら運営してくれるのであれば、それもいい」。今年7月、家業の「文化農場」取締役になった娘を温かく見守る。

 平日昼間は英国の会社の仕事、夕方と週末は家業の新プラン実現への準備と忙しい小野さん。将来的に家業一本で行くかどうかはまだ不確定。だが「今は両方を精いっぱいやるだけ」と充実した日々を送っている。

山野千枝チーフプロデューサー

 講座「次世代の後継者のための経営学」のコーディネーターを務め、ビジネスコンテスト「アトツギピッチ」を手がけた大阪イノベーションハブ(OIH)の山野千枝(やまの・ちえ)チーフプロデューサーの話 

 経営者である親が継がせることを遠慮しており、親と家業についての話し合いをしないまま子どもは就職活動のタイミングを迎えてしまう。親が遠慮するのなら、継ぐことを格好悪いと思っている若者に対し、家業の経営資源を利用して能動的に新しいビジネスを起こすスタイルがあることを知らせることが必要だ。

▽取材を終えて

 若手後継者が家業の経営資源を生かし、新たな事業に挑戦する「ベンチャー型事業継承」を後押しする取り組みが今、広がりつつある。話を聞いた上田さん、小野さんもそういったイベントなどに積極的に参加し、新しいビジネスを模索していた若者だ。2人に共通なのは「前向き」。40歳代後半の筆者にとって、時に「たじたじ」となるほど、しっかりした頼もしい若手2人だった。さらに事業継承の取り組みを広げ、2人のように生き生きと挑戦する若者を増やせるか。2人の新ビジネスの行方ととともに「後継ぎ問題」を長い目で見守っていきたい。(終わり、共同通信・大阪写真映像部=長村勝彦)

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