カネミ油症50年 五島で式典 犠牲者悼む

©株式会社長崎新聞社

 長崎県など西日本一帯で被害を広げた戦後最大規模の食中毒事件、カネミ油症が発覚して今年で50年となり、被害者が多い長崎県五島市で17日、記念行事が開かれた。式典に参列した被害者ら約200人は、油症で苦しみながら亡くなった犠牲者を追悼。半世紀の苦難、厳しい認定制度、次世代、未認定問題など今も山積する課題を再確認し「あの悲劇が繰り返されぬように過去の経験を後世に伝え、未来につなげる」と誓った。

 油症は、カネミ倉庫(北九州市)製食用米ぬか油に有害化学物質ポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシン類が混入。食べた人に吹き出物や内臓疾患など多様な症状が現れ、1968(昭和43)年10月に新聞報道で表面化した。

 式典は五島市三尾野1丁目の五島市福江総合福祉保健センターであった。救済法成立などに力を注いだ坂口力・元厚生労働相は来賓あいさつで、ダイオキシン類の血中濃度ではなく症状による油症認定、被害者の支援金増、治療研究費拡大の必要性を指摘。被害者について「内部障害者と同等とみなすことも検討しなければならない」と述べた。

 カネミ油症被害者五島市の会の旭梶山(あさひかじやま)英臣会長(68)は、長期にわたった裁判闘争や仮払金返還など苦しい歴史を振り返り、「若い人も含め、この50年で700人以上がまっとうな人生を送れず亡くなった。最愛の人を奪われた遺族の悲しみは癒えない」と訴えた。全員で黙とうし、同会の中里益太郎さん(89)、岩村定子さん(69)が献花台に花束を供え、手を合わせた。

 記念行事は「油症の経験を未来につなぐ集い」と題し、被害者団体や支援者、市などでつくるカネミ油症事件発生50年事業実行委員会(会長・下田守下関市立大名誉教授)が主催。分科会もあった。

 ■ズーム/五島市の油症患者

 長崎県が認定した患者964人(死亡者など含む)のうち、9割の873人が五島市内で汚染油を摂取した。汚染油が特に多く出回った玉之浦、奈留に被害が集中。長崎県内在住の認定患者468人のうち五島市在住は282人、長崎県内認定患者の平均年齢66.7歳、同市68.8歳。(いずれも3月末現在)

カネミ油症犠牲者を追悼し、黙とうする参列者。右は坂口元厚労相=五島市福江総合福祉保健センター