つづれ刺せ

 物寂しい歌ながら、晩秋に合っている感じがする。〈きりぎりす鳴くや霜夜(しもよ)のさむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む〉。キリギリスが鳴いている。霜の降りる寒い夜、むしろに衣の片袖を敷いて私は一人寝るのだろうか。百人一首にある▲ここで詠まれたキリギリスは、今で言うコオロギらしい。霜の降りる季節、11月末あたりまで鳴く虫といえば、一風変わった名前の「ツヅレサセコオロギ(綴(つづ)れ刺(さ)せ蟋蟀(こおろぎ))」を指すという▲「チィチィチィ」とも「リィリィリィ」とも聞こえるその鳴き声を、昔の人は「肩刺せ、裾刺せ、綴れ刺せ」と聞いた。冬に備えて「針を着物の肩に刺し、裾に刺し、つづれ(つぎはぎの衣)のほころびを直しておきなさいよ」と▲県生物学会の元会長、池崎善博さん(79)に教わった虫にまつわる話の一つだが、コオロギの鳴き声を耳にしては「そろそろ冬支度か」と思う、古人の心の細やかさに感じ入る▲冬支度とはいっても「衣のほころびを縫う、なんてことは今はほとんどやらないから、この時代、ピンと来ませんよね」と池崎さんは言う▲確かに、つぎはぎを繕うことはないにしても、「そろそろ冬支度か」というのは今昔、変わりない。冬がそこまでやってきて、か細くなっているはずの「綴れ刺せ」の声も間もなく消える。(徹)

© 株式会社長崎新聞社