「脱ブラック部活」で日本一 体罰なし、生徒主導の育成論

試合前のボトムアップミーティングで戦略を立てる安芸南高の部員(畑喜美夫監督提供)

スポーツ界で暴力やパワーハラスメントなど不祥事が相次ぐ中、広島県立安芸南高サッカー部の畑喜美夫監督は生徒の自主性に任せて成長を促す独自の「ボトムアップ理論」で成果を上げるユニークな指導者だ。教員や生徒への過度な負担が指摘される「ブラック部活動」からの脱却が叫ばれる中、国のガイドラインに先駆けて効率的な練習を取り入れ、前任の広島観音高時代に全国高校総体で日本一に輝いた実績を持つ。「体罰は指示待ち人間をつくる。勝ち負けより大切なのは人間力の育成」と勝利至上主義に警鐘を鳴らしている。 (共同通信=田村崇仁)

平日練習は週2回

 部員は約80人。平日の全体練習は週2回で90分ずつと少なく、チームづくりは独特だ。練習前は各選手が目標を叫ぶ。科学的根拠に基づき「量より質」を重視し、残りの自主練習は部員の自立型運営で監督は適切なタイミングで助言役に徹する。

 根底にある「ボトムアップ理論」とはトップダウンでなく、現場に主導権を与えて組織全体をまとめるのが特徴で、最近は企業での導入例も出ている。今月10日に東京都内で開かれた「勝利至上主義の指導に潜む問題と危険性」をテーマにしたシンポジウム(青少年スポーツ安全推進協議会主催)で講演した畑監督は「生徒が自ら考えることで判断力や実行力を養い、効率性と成果も上がる。任せる、認める、考えさせる。トップダウンが悪いわけでなく、トップダウン2割、ボトムアップ8割でチームをつくっていく」と説明した。そこに暴力やパワハラのスパルタ指導が入り込む余地はなく、自分で道を切り開き、社会に通用する「人材育成」にもつながっていると強調する。

勝利至上主義の問題と危険性をテーマにしたシンポジウムで講演する畑喜美夫氏=10日、東京都内

「掃除隊」結成

 今年7月、西日本豪雨で大きな被害を受けた広島県で称賛と関心を集める出来事があった。地元の安芸南高サッカー部員らが参加者を呼び掛けて「掃除隊」を結成し、いち早くボランティア活動に取り組んだのだ。家屋の中に入り込んだ土砂をかきだしたり、道路をふさいだ流木やゴミを片付けたり。当時、東北へ出張中だった畑監督は「勝ち負けより、こうした自主的な判断と姿勢がものすごくうれしかった。自己中心は子どもの考え方、他者中心は大人の考え方といつも教えている。ボランティアは見返りがない。だからスポーツもそうでありたい」と教え子の行動力をたたえた。

 選手育成の3本柱は「あいさつ、返事、後片付け」。サッカーだけでなく、日常生活も重視し、部室のバッグやシューズなどの整理整頓はミリ単位で並べられる。「神は細部に宿る」との言葉通り、荷物整理ができるようになると「平常心で戦う心のコンディションがよくなった」と分析する。

整理整頓が行き届いたロッカールーム(畑喜美夫監督提供)

全国に拡大

 9月には少ない練習時間でも成果を上げている高校部活動の生徒らが集まり、取り組みを紹介し合う「効率性・主体性・部活動サミット」が静岡市の静岡聖光学院高校で開かれた。上意下達の強権指導とは一線を画し、生徒が主役になる指導は全国に広がりつつある。

 Jリーガーも多数輩出している畑監督自身、静岡・東海大一高(現東海大静岡翔洋高)時代はトップダウン型、順天堂大学時代はボトムアップ型のチームで育ったという。そこから独自の指導スタイルを築いた今、大切にするのは「社会に通じる道徳心、倫理観、人間力の育成」だ。「スポーツをやっていたら人間性が上がるわけでない。知力、気力、体力、実践力、コミュニケーション力という五つの構成をバランス良く整えていくことが基本だ」と訴えた。

安芸南高のサッカー部員(畑喜美夫監督提供)

 県内で屈指の強豪校に成長したチームの部員と交換ノートを続けるのは日課。練習内容や試合のメンバーも選手が話し合って決める。「ボトムアップで指導しながら検証し、疑いながら前進していく。部活の指導で大事なのは教育者として見てあげること。どこかで下からの意見を入れていかないと、今後もいろんな大きな不祥事が起きる時代」と部活改革の必要性を指摘した。

畑 喜美夫(はた・きみお) 小学校からサッカーを始め、静岡・東海大一高(現東海大静岡翔洋高)から順天堂大へ進学。U―20日本代表に選出。卒業後、高校教員となり、広島観音高で06年に全国高校総体で初優勝した。U―16日本代表コーチも歴任。現在は広島県立安芸南高教諭。ボトムアップパーソンズ協会代表理事。52歳。広島市出身。

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