稀勢の里、元「貴乃花」親方の一言で心がぽっきり折れた

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貴景勝との取組(写真・JMPA)

初日から4連敗となった翌日の11月5日、休場した稀勢の里(32)。だが本人は、出続けることを最後まで田子ノ浦親方(42)に懇願していたという。

「勝ち越しか負け越しかが決まるまでは出たい。せめて中日まで出させてください」

稀勢の里担当の相撲記者が語る。

「それに対して親方は、『今場所負け越したら引退に繫がる恐れがある。進退を懸けるのであれば、初場所で自分の相撲を取りきってから決めればいい』と必死に説得したそうです」

じつは今場所、稀勢の里は「自信を持って迎えていた」と、支援者の一人は語る。

「先場所、3敗めを喫したときに気持ちが切れて荒れたことがあった。それでも出続けたのは、弟弟子の高安が優勝争いをしていて、援護射撃にまわることに決めたから。

そして15日間取りきって、10勝できた。今場所前の稽古では調子がよかったので、本人の表情は明るかった」

ところが、「初日、貴景勝との一番で負った怪我が痛かった」と、支援者は続ける。

「自信を持っていただけに、思わぬ右膝の怪我にはショックを受けたと思う。稀勢の里は気持ちが乗っていれば、10の力を、12、13と出せる。

ところが乗っていないと4から5しか出せなくなる。初日の怪我が悪い方向に出てしまい、その時点で気持ちが切れてしまった。

本来なら、翌日から休場しなければならないほどの重症だったが、それでも出続けたのは、一人横綱としての責任感だったのだろう」

責任感ゆえの強行出場は、最悪の結果に。そんな稀勢の里の心の拠りどころは、元貴乃花親方だったという。

「2人は似た相撲人生を送ってきました。元貴乃花親方は史上最年少の17歳8カ月、稀勢の里は、2位の18歳3カ月で新入幕。ともに群れることを嫌い、横綱まで上りつめた。なによりも、自分と同じ『ガチンコ相撲』を評価していました」(担当記者)

ある相撲ライターも、2人のエピソードを明かす。

「元貴乃花親方が巡業部長時代のことだが、『稀勢の里のような才能に恵まれている力士が、なぜ横綱になれないんだ』と、よく嘆いていた。

その後、四股の踏み方を含めた基本動作を、徹底的に見直すアドバイスを送っていた。稀勢の里の欠点は、腰が浮いて下半身が突っ立ってしまうこと。それさえ直せば、横綱になれると思っていたゆえのアドバイスだったのだろう」

その甲斐あって横綱になったものの、その後は休場続き。その際も元貴乃花親方は折にふれて、「休場中も焦るな」と電話でアドバイスを送っていたという。

そんな “師弟関係” に亀裂が入ったのが、今場所初日の、稀勢の里が怪我を負った取組。相手は、元貴乃花部屋の愛弟子だった、貴景勝だ。親方の一人が語った。

「元貴乃花親方は、本調子でなくても、稀勢の里の正攻法の取組を評価していた。ところが貴景勝との立合いで、あろうことか張り差しを食らわした。これは白鵬の得意技で、横綱としては禁じ手といわれ、元貴乃花親方がもっとも嫌うこと。

これをテレビで観戦していた元貴乃花親方は失望した。ある親方に、『稀勢の里があれをやるようになったらもう無理だよ』と伝えた。

その言葉が数日後、本人の耳にも届いた。尊敬していた “師匠” の苦言に、心がぽっきり折れてしまったようだ」

本誌は稀勢の里が休場を決めた11月15日、福岡県田川市にいた元貴乃花親方に、初日の稀勢の里の取組について訊ねた。しかし、「わかんない。ごめん、勘弁して」と言うのみだった。

もはや全盛期の力はない。心の師匠からダメ出しされた稀勢の里は、進退を問われる初場所で、「ガチンコ相撲」を貫けるか。

(週刊FLASH 2018年12月4日号)