ヤクルトの背番号「20」は苦労人が多い? 来季からベテラン近藤が継承へ

ヤクルト・近藤一樹【写真:荒川祐史】

背番号「20」石戸は金田移籍後のエースとして活躍

 ヤクルトは、近藤一樹が「70」から「20」に、藤井亮太が「51」から「0」に、奥村展征が「56」から「00」に、背番号を変更すると発表した。この3つの背番号には、それぞれ選手への期待が込められていることが感じられる。

 背番号の歴史を見ていこう。数字は該当する背番号をつけていた時期だけの成績。

○背番号「20」

1950-1954 深沢督/捕 29試34打7安0本2点0盗 率.206
1955-1957 北畑利雄/投 82試11勝16敗0S 240回1/3 率3.48
1959-1962 北川芳男/投 177試46勝52敗0S 872回2/3 率2.30
1963-1964 宮下陽吾/投 1試0勝0敗S 0回2/3 率40.50
1965 七森由康/投 5試0勝0敗S 6回1/3 率12.00
1966 富永格郎/投 5試0勝0敗S 4回1/3 率9.00
1967-1970 石戸四六/投 178試51勝60敗0S 888回2/3 率3.50
1974-1978 佐藤博/投 10試0勝0敗0S 15回 率3.00
1979-1982 原田末記/投 4試0勝0敗0S 5回 率3.60
1983-1992 中本茂樹/投 309試21勝26敗23S 603回2/3 率3.94
1993-1998 伊藤智仁/投 91試21勝17敗25S 330回1/3 率2.07
1999-2000 ハッカミー/投 50試20勝12敗0S 258回1/3 率3.97
2001-2009 鎌田祐哉/投 125試14勝17敗0S 341回 率4.04
2010-2018 山本哲哉/投 228試6勝11敗14S 214回 率3.07
2019- 近藤一樹/投

 ヤクルトの前身であるサンケイ、国鉄時代から歴代の背番号「20」は上記の通り。このチームには金田正一という絶対的なエースが20年間君臨していたが、背番号は「34」だった。これに次ぐのが松岡弘、川崎憲次郎、川島亮など右の本格派がつけた「17」。「20」も有力な投手が代々背負った背番号だ。

 北川芳男は金田に次ぐ先発として活躍。特に巨人に強かったが、5年目にその巨人にトレードされた。石戸四六は金田が巨人に移籍してからエースとして活躍。中本茂樹は中継ぎ投手として10年間活躍した。

 そして伊藤智仁は史上最高と言われたスライダーを引っ提げて、短期間ではあったが強烈な印象を残した投手だった。

 今年まで「20」をつけた山本哲哉は2012年から3年連続で50試合以上登板し、セットアッパーとして活躍した。

 来季から「20」をつける近藤一樹は、引退する山本哲哉より2歳年上。岩隈久志、坂口智隆とともに近鉄バファローズ最後の生き残りとして知られる。プロ入り15年目、35歳にして最多ホールドを記録した。

 こうしてみるとヤクルトの「20」は、エリートではなく、たたき上げの苦労人が多いように思われる。近藤はこれからどれだけ活躍するだろうか。

守備の名手、足の速い選手の背番号「0」、城石や川島慶らがつけた「00」

○背番号「0」

1991-1993 柳田浩一/外 113試165打34安4本8点7盗 率.206
1994-1998 城友博/外 179試219打52安1本13点16盗 率.237
2000-2002 代田建紀/外 64試21打4安0本2点10盗 率.190
2003-2010 志田宗大/外 280試326打72安4本16点11盗 率.221
2011 濱中治/外 5試13打2安0本0点0盗 率.154
2012-2018 比屋根渉/外 361試685打162安4本23点50盗 率.236
2019- 藤井亮太/内

 背番号「0」をNPBで初めてつけたのが広島の長嶋清幸。1983年のことだった。それ以降、他球団でもつけるようになる。ヤクルトは今年の比屋根まですべて外野手。スラッガーはいなかったが、守備の名手や代打や足で活躍した選手が多い。

 藤井は初めての内野手での背番号「0」。どんな個性を発揮するだろうか。

○背番号「00」

1992-1993 城友博/外179試471打115安1本28点21盗 率.244
1994-1995 柳田聖人/内53試52打9安0本3点1盗 率.173
1996-1999 佐藤真一/外265試522打152安18本66点14盗 率.291
2001 城石憲之/外31試36打9安0本0点0盗 率.250
2003 久保田智/外(1軍出場なし)
2008-2013 川島慶三/内380試1051打259安20本95点38盗 率.246
2019- 奥村展征/内

 背番号「00」は、NPBでは1989年に阪神のジョーンズが就けたのが始まり。ヤクルトでは二代目の背番号「0」だった城友博が初代の「00」をつけた。こちらもすべて野手がつけている。

 先代の川島は日本ハムからヤクルトに移籍し、内野のユーティリティとして活躍。今はソフトバンクでプレーしている。奥村も巨人でキャリアをスタートし、相川亮二の人的補償でヤクルトにやってきた。新天地での飛躍を期待しての「00」だと思われる。

 背番号にひとしおの思い入れを込めるのは、日本独特の習慣ではある。また来季も、背番号をめぐるドラマが始まることだろう。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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