AIはどこまで火災現場を革新できるか? 米国が開発する消防支援システム最前線

人工知能「AUDREY」を活用した新たな消防支援システムの全体像(出典:NASA ジェット推進研究所)

2016年11月2日、NASA(アメリカ航空宇宙局)のジェット推進研究所(カリフォルニア州パサディナ)は、AUDREY(Assistant for Understanding Data through Reasoning, Extraction and sYnthesis/理由付け・抽出・分析によるデータ理解アシスタント)という人工知能(AI)を使った、消防活動支援システムが、国土安全保証省とNASA共同開発が始まったと発表した。

AUDREYについてのプレスリリース
Department of homeland security(米国国土安全保障省)
https://www.dhs.gov/sites/default/files/publications/Audrey2-fact-sheet-508.pdf

AUDREYのイメージ (出典:米国国土安全保障省)

オードリー(AI)は深層&機械学習で過去の火災防御活動や検証データを人工知能に学習させ、現場の消防士らが予期困難な火災特性や化学物質、有毒ガスなどのリスク情報をHead-Up-Display (HUD)と呼ばれる空気呼吸器の面体などを用いて情報を伝えることで、消防士らの生命を守り、現場活動を支援するシステム。

具体的には、火災や災害現場の様々なデータを分析して消防士からの問いかけに答えることができ、LTE(セルラー網)を介して進入活動・脱出経路など、必要な安全情報が伝わる仕組みで、消防士のほか、救急救命士や警察官などの現場での協同作業にも応用できる。

AUDREY(オードリー)という名前は、カソリックの守護天使の一人で、必要な時に重要なメッセージを伝える役割を持ち、情報の雲(クラウド)の中から火災現場で奮闘する消防士の動きと周囲の危険な状況を見下ろしていて、命を危険にさらさないよう具体的なアドバイスを伝えてくれる目的から名付けたようだ。

AUDREYを消防活動にどのように生かすのか?

AUDREYは消防現場活動員の個人装備であるヘルメットのシールドやスピーカーを通じて、下記の情報を提供し、消防士のリスク情報を検出することで、危険を未然に回避しながら、火災防御や災害対応を安全・迅速に行うために開発されている。

たとえば、過去の災害対応データを記録し、情報を精査して、適切な情報の元に人工知能を育てることで、ロボットというよりは、消防戦術や災害活動に詳しく、現場活動が豊富な科学者が全ての消防活動をサポートしてくれる時代が来ることを発表している。

AUDREYを消防活動にどのように生かすのか。
以下に現時点の想定を紹介する。

・消防士に必要な現場の危険予知 
(危険物・毒劇物・爆発物・有害物質などの検知)

・活動隊全体の把握と指揮判断
(隊間の配置調整、風向きなどによる転戦指示)

・活動状況予測
(消防戦術の選択、装備の選定、鎮圧方法と時間)

・被災建物の建築材料、建築工法、部屋の配置情報

・現場指揮所の転戦指示タイミング、転戦場所アドバイス等
(大規模火災の場合)

・発見した要救助者の観察データ
(搬送先病院選定、必要な救命処置アドバイス、個人情報)

・延焼拡大の可能性がある場合の避難方向や安全避難距離、気象データに基づく警戒区域設定範囲、爆発物である場合は、爆発影響範囲

・火災原因特定とエビデンス検知

・被災影響範囲と消防対応優先順位、必要装備の選定や個数、燃料補給量、災害支援物品などの算出(自然災害の場合)

など

AUDREYからの情報エラーや指示ミス等はすべて、科学的な評価・検証プロセスを経て人工知能の情報書き換え処理が行われ、消防活動の精度を高める仕組みになっている。

下記の映像はAUDREY開発担当チームの開発プレゼン映像だが、AUDREYはすでに火星探査機で、探査ロボットに具体的な調査指示、安全確認、動線誘導などの実験は行われており、人工知能から人間への指示だけでは無く、ロボットへの指揮命令も実証されている。

■Ed Chow, Programme Manager, JPL, NASA - Machine Intelligence Summit NY 2016 #reworkMI

現役消防士達から称賛の声

こちらの映像は現役のベテラン消防士達に最新技術を装備したC-THRUを装着してもらい、使い勝手や実用性などをコメントしたもの。

C-THRUは、最新型の空気呼吸器のマスク。排煙・消火活動に必要な煙や室内の温度、火災特性、フラッシュオーバーの予兆情報や煙の流動状態、また、サーモカメラや生体情報を検知するなどしながら、要救助者の検索・救助活動を迅速かつ安全に行うことができる。

さらにC-THRUは、装着する各隊員の情報も感知し、屋内進入隊員の活動位置はもちろん、空気呼吸器の残量や脈拍、呼吸回数、疲労状態、熱中症の予兆などが現場指揮者側で把握できるようになっている。AUDREYと連携することで、AI搭載の画期的な面体になることが期待されている。

現場活動30年以上のベテラン消防士達が、「濃煙内でも現場内部の様子や要救助者の位置、火点の特性などが赤外線カメラやサーモグラフィー等で可能な限り可視化できたり、壁の向こう側の状態を把握できたり、今までの装備では考えられないほど、消防活動がスピーディーで安全になることを感じた」と語っている。

■C THRU PERFORMANCE TEST

下記の映像では、シアトル市消防局、ニューヨーク市消防局、ボストン市消防局のさまざまな消防現場におけるAUDREYを活用した個人装備について、必要性を語っている。

■Future of First Response: Vision for Firefighting

AI搭載のジャケットには、防弾、防刃、GPS、体温センサー等が装備されており、防水のスマホや空気呼吸器の面体に体温上昇による脱水症状予防アラートが、現場活動隊員自身と現場指揮者側で常時、把握できるようになっている。

AI搭載のジャケット(出典:YouTube)

 

AIによって消防活動現場はこれだけ変わる!

AUDREYの搭載は、個人装備ばかりではない。消防車内のディスプレイや指令センターのディスパッチャーモニター(指令員画面)に組まれることが計画されており、下記のような流れで、AUDREYからの情報を生かして、消防活動を開始する。

たとえば、以下の火災現場活動に必要な情報をAUDREYから必要な範囲で得ることができる。

1.入電時

・通報者の位置と個人情報
・通報内容の悪戯の判断、常連の特定
・場所の危険特性
・出動署所から現場までの動線選択
・通報件数や内容からの応援要請判断

2. 出動途上

・先着隊、後着隊、現場指揮者などの現場配置指示
・水利情報、風向き、避難状況
・交通渋滞や工事、事故情報をモニターに表示
・先着ドローンからの現場映像による状況判断

AI搭載の消防車内ディスプレイにドローンからの映像と先着隊の配置状況が表示されている (出典:YouTube) 

3.現場到着時

・建物内部の階数表示
・フロア毎のテナント状況、屋内避難経路表示
・避難誘導経路指示と避難困難者(障害者等)の一時避難場所の指示
・エレベーター内の閉じ込め者の位置や状態
・逃げ遅れ者の位置と人数、状態の把握
・建物構造の脆弱部を特定
・建物所有者情報やコンタクト
・周囲への延焼危険と延焼方向特定
・飛び火警戒区域範囲情報
・指揮者への特定車両や活動人員などの応援要請判断
・現場指揮に必要な情報すべて

現場指揮者のAI搭載ハンディーパッドに表示された屋内危険箇所(出典:YouTube)

####

4.人命検索活動開始から終了まで

・屋内進入隊員への煙の流動方向や排煙箇所の指示
・安全区画の選定
・要救助者救出後の退出経路の具体的な動線誘導
・エア切れした消防士の脱出誘導
・消防士からの現場情報に関する質問への回答
・ボディーカメラ等の顔認証による要救助者の個人特定

ハンズフリー通話、音声明瞭化、空気呼吸器連動ヘルメット(出典:YouTube) 

5. 消火活動中

・適切な放水量調整情報による水損予防
・放水方向や火点の特定
・屋根裏・壁の間・床下などの残火情報
・建物の建材・建築工法の特定による倒壊危険予測
・塗料や内容物から発生する有毒ガス残留値
・空気呼吸器のエア残量と退出までのエア消費量を隊員ごと個別計算
・活動隊員の休憩場所や活動休息。現場交替時間指示
・各隊員の健康状態データによる水分補給量やメンタルチェック

ヘルメットシールドを通して見た映像には、GPS位置表示、残圧、サーモグラフィーによる環境温度が表示されている (出典:YouTube)

空気呼吸器の残圧が低くなったことを自動的に指揮隊に知らせる(出典:YouTube)

指揮隊のハンディーパッドには、残圧が低くなった隊員の位置と周囲の隊員の位置などが表示されている (出典:YouTube)

残圧が低くなった隊員へは脱出時間と方向が表示される(出典:YouTube)

6. 消火活動後

・防火衣、手袋、ヘルメット、ブーツ、空気呼吸器、その他の個人装備に
 付着した、発がん物質の特定と除染&処理方法表示
・放火、失火などの火災原因特定と発火源など物質の特定
・全ての活動隊員の無線通信内容、活動動線、ボディーカメラやヘルメッ
 トカメラの映像収集と活動解析

防火衣に付着した有毒物質や発がん性物質は色分けして識別される (出典:YouTube)

####
7.その他

・防火衣は最軽量の素材で最大限の防火性能があり、熱中症予防のための
 自動クーリング装置、耐有毒物質&耐発がん性物質素材を用いている。

・ヘルメットに装備された無線などのコミュニケーションデバイスには声質明瞭化フィルターが付いており、空気呼吸器のシールド型面体と一体化されている。

・空気呼吸器のシールド型面体には、活動環境情報、エア残量や体温など
 各隊員の安全情報、危険箇所情報、消防対象物の内部環境情報などが、
 隊員の指示により必要毎に数秒間表示される。

AUDREY実用化の目途、今後の課題は?

現時点で、米国におけるAUDREYを生かした装備の現場導入時期は15年以内と予定している。だが、変容する現場活動する消防士達は、常に命の危険がある中で、瞬時に活動を判断し、行動しなければならない過酷な現場であることから、早急な開発が求められている。

開発の課題として挙げられているのは次の通り。

・AUDREYからの情報の過負荷や遅延は活動に大きな支障を来すため、いかにその瞬間の消防士や指揮者の判断に適した安全活動情報をピンポイントに与えることができるか?

・AUDREYへは、特定利用者が認証システムを通じて、スマートフォンやインターネットからもアクセス可能であるが、911同時多発テロ等レベルの大規模災害発生時などは、どのようにして、特定の消防士に無線から家族へ無事をテレビ電話で伝えたり、家族からの励ましなどを得ることができるか?

・電波障害や停電、過大な電磁波の影響などでAUDREYへアクセスできない場合、どのようにして、現場活動中の消防士の安全を守るか?

・AUDREYに蓄積される現場活動データの共有範囲と情報管理責任体制、テロリストからの悪用リスク対策など、セキュリティーシステムをどう構築するのか?

・AUDREYのメンテナンス、共有コストはどのように分散されることが望ましいのか?出動回数と活用頻度、情報重要度、規模によって、または、関係なく一律。

・警察、軍隊、沿岸警備隊など活動環境が重なる関係機関との災害現場情報共有範囲をどう判断するのか?

日本が将来的にAUDREYの情報を共有する時代が来るのかはわからないが、日本の技術の叡智を結集して、AUDREYに対抗し、日本版は「AMIDA(阿弥陀)」などの名称で、日本国民の命を守る消防士のための人工知能を開発してはいかがかと思う。

ただ、いずれ、消防活動に特化した人工知能を育てるとしたら、今のうちにインプットするための災害映像や火災防御活動シーンなどをボディーカメラやヘルメットカメラ等で録画して、消防活動アーカイブとして整理しておかなければ、間に合わないと思う。

アメリカのように10年先くらいまでの消防マスタープランを作って、将来的な計画をしっかり作っておくことで、未来の消防士達にしっかりとした安全の仕組みを手渡せるような気がする。

(了)

© 株式会社新建新聞社