「人間の丘」60年後

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 「耕して天に至る」という言葉がある。段々畑や棚田が山の上の方まで連なる景色の表現だが、「家を建てて天に至る」という言葉で長崎の景色を表現した人物がいる▲無数の家が麓から丘の上までびっしり立ち並ぶ風景の木版画「人間の丘」を描いた田川憲(1906~67年)。根強いファンの多い、長崎を代表する作家の一人だ▲「人間の丘」が描かれた57年は戦後の人口急増期。住宅地が長崎の斜面を上るように広がっていった時代だ。その活気は版画家の創作意欲を大いに刺激したのだろう▲「家にあふれる人間、人間、そこに生まれ、死に、愛し、生活する人間のむんむんする息吹。私はわが愛する長崎的風土の中の人間群像から、大きく生きていく力をもらう」。当時の坂の町の空気を田川はこう記している▲それから約60年。描かれた斜面住宅地の辺りを歩いた。車の入らない細い坂道と階段が、迷路のようにあちこちへ伸びる。上れば上るほど見晴らしが良くなる。これも「天に至る」かのような心地▲ただ、すれ違うのは高齢者ばかり。空き家とおぼしき住宅も目に付く。「家からあふれるほどの人々がむんむんする息吹を漂わせていた」という時代の活気をイメージするのは難しい。これが長崎の現状を象徴する風景だとしたら、やはり寂しい。(泉)