戸川純 avec おおくぼけい

デュオの始まりはシャンソン

──お二人が最初に接点を持ったのは、2015年7月14日にTSUTAYA O-WESTで開催された『渋谷巴里祭』でしたよね。

おおくぼ:はい。ぼくがバック・バンドのバンマスをやったシャンソンのイベントですね。戸川さんとアーバンギャルドが対バンした時(2011年9月28日、新宿ロフト)は、ぼくはまだメンバーになっていなかったんです。

戸川:『渋谷巴里祭』の話をいただいて、最初は「わたしがシャンソンを!?」と思ったんですよ。過去にフランソワーズ・アルディの「さよならをおしえて」をカバーしたことはありましたけど、シャンソンの世界とは縁がないだろうと思っていたので。シャンソンと言えば、ささやくように「シュビドゥバー」と唄うものだとばかり思っていたんですが、その「シュビドゥバー」にもパッショネイトでエモーショナルなものがあることを、わたしが敬愛する蜷川幸雄さんが教えてくれたんです。ウィスパー・ボイスで唄うシャンソンがある一方で、越路吹雪さんや美輪明宏さんのように内なる情熱や感情を思いきりぶつけるように唄うシャンソンもあると。そう蜷川さんが言うのだからシャンソンは劇的なものに違いないと思って、わたしの中で見識が変わったんです。

おおくぼ:『渋谷巴里祭』では戸川さんに「ラジオのように(Comme a la Radio)」、「夢見るジョー(Joe le Taxi)」、「哀しみの影(Yesterday, Yes a Day)」を唄ってもらいましたね。

戸川:おおくぼさんのバンドにわたしが選んだ曲を編曲して演奏してもらって、3曲とも本来唄うのが難しい曲なんですけど、すごく安心して唄えたんです。おおくぼさんには素晴らしいセンスと技量があると思ったし、この仕事をお引き受けして良かったと、とても充実した気持ちになったんですね。それでおおくぼさんにお礼のメールをしたんですよ。「おかげさまで『渋谷巴里祭』では楽しく唄えました。どうもありがとうございました。またご縁があれば、ご一緒させてもらえたら嬉しいです」って。この方にはキチンと対応しなければいけないと思ったし、本当に良いライブができたと思わなければそういうメールをしませんからね。

おおくぼ:ありがたいですね。それから1年くらい経って、戸川さんに「またご一緒したい」と言ってもらえたことを思い出して、これはお言葉に甘えようと思って「またライブをご一緒できませんか?」とご連絡を差し上げたんです。自分にとっては一大決心でした(笑)。

戸川:嬉しかったし、驚きましたね。この歳になると、ユニットをやりませんかと気軽に声をかけてもらえなくなっちゃうもので。

おおくぼ:それで渋谷のサラヴァ東京で二人で初めてライブをやることになったんです(2016年8月27日)。

──このデュオの始まりはシャンソンだったわけですね。

おおくぼ:そうなんです。アーバンギャルドの浜崎(容子)さんも、もともとシャンソン歌手を目指していたし、『新春シャンソンショウ』では今もバンマスをやらせてもらっているし、シャンソンとは何かと縁があるんですよね。

──おおくぼさんが戸川さんにお声がけした時も、シャンソンを主体とした音楽をやりたかったんですか。

おおくぼ:特にシャンソンに重きを置くわけではなく、ただ単に歌とピアノのデュオでライブができればと思っていました。もちろん『渋谷巴里祭』で戸川さんが唄われたレパートリーもあるし、シャンソンもできるなとは思っていましたけど。

戸川:わたしのほうは初めは、おおくぼさんのピアノと一緒ならシャンソン主体かなと思っていて、「シュビドゥバー」とささやくように唄うこともできるし、激しく感情をぶつけるように唄うこともできるなと思ったんです。おおくぼさんの弾くグランドピアノがあれば、ドラマティックで劇的で、時に悲劇性の強い歌を唄うこともできると。それに「王様の牢屋」みたいに演劇性の強い歌でも、わたしたちならギリギリのところでポップにやれるだろうと思って。おおくぼさんのギリギリ前衛的な部分をギリギリ残しつつ。わたしは歌を通じて自分の思いを伝えたいからポップなものにしたいといつも思っているんです。何かを伝えるにはポップさが大切なんですよ。今回のアルバムはおおくぼさんにかなり多く選曲してもらったんですけど、あえて日本語オンリーにしたんだなと思って。そのほうがポップに伝わるし。そもそもわたしは英語やフランス語が苦手で。

おおくぼ:いや、戸川さんは耳がいいので、フランス語の歌でもいい感じの発音になっていると思いますよ。

前衛性とポップのあいだを行き来する

──去年の10月に発表されたおおくぼさんのソロ・アルバム『20世紀のように』収録の戸川さん参加曲「20世紀みたいに」と「Vocalise No.1」も、前衛的でありながらポップであるという絶妙なバランスでしたよね。

戸川:それはわたし自身がどうこうよりも、おおくぼさんが前衛性とポップのあいだを自由に行き来する方だからああいう曲になったんだと思います。

──ノイズ混じりのトラックに合わせて「フリードリヒ・ニーチェを、エトムント・フッサールを、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインを…」という詩を戸川さんが朗読する「20世紀みたいに」も、戸川さんの「アー」という声をいくつも重ねながら「20世紀みたいに」の詩が反復される「Vocalise No.1」も、戸川さんの個性が色濃く出ていて、おおくぼさんのアルバムを軽くジャックした印象もありましたが(笑)。

戸川:しまった、そういう取り方がありましたか! でしゃばってすみません!(笑)

おおくぼ:いやいや、全然でしゃばってないですよ。今回のアルバムの予告だったということにしましょう(笑)。

戸川:「Vocalise No.1」は最初、「アー」という歌声だけにする予定だったんですけど、「20世紀みたいに」の詩を違う朗読の仕方で入れませんか? とアイディアを出させてもらったんです。「20世紀みたいに」の朗読とは真逆に、超絶ウィスパーな感じで(笑)。20世紀に対するどこかノスタルジックな感覚がありながらこれから未来に出てくる思想家や作家を感じさせる詩を「20世紀みたいに」では元気な子どものような感じに、「Vocalise No.1」ではささやくように朗読して、対照的な表現をしたつもりなんです。それと、「Vocalise No.1」の最後で「20世紀みたいに切り分けて、盛りつけて」というフレーズが音楽からこぼれたら美しいかたちだろうなぁ…と思ったので提案させてもらったんです。それがまさかでしゃばることになるなんて!(笑)

おおくぼ:全然そんなことないですよ(笑)。ぼくの作品に限らず、戸川さんの声が入った途端にポップなものになるんです。他の人がカバーするとポップに聴こえない曲でも、戸川さんが唄うと必ずポップなものになるんですよ。ポストロックやブラックメタルの要素があるVampilliaさんも、戸川さんと一緒に演奏するとポップに聴こえますからね。

──『20世紀のように』の経験値が今回のレコーディングに活かされたところはありますか。

戸川:その前からおおくぼさんとのデュオを始めていたので、特にはないですね。いつかは二人でアルバムを出したいとは考えていましたが、カバー集になるから権利関係が大変で絶対にムリだろうなと思っていたんですよ。

──戸川さんのソロやヤプーズ時代の曲を交えつつカバーをやる、既存曲で新しい表現を試みるのがこのデュオのコンセプトなんですね。

戸川:そうですね。

おおくぼ:歌とピアノでどこまで表現できるかが基本のテーマなんです。バンドだと歌が聴こえづらいところも出てくるし、歌の細かい表現が大きい音に埋もれてしまうこともありますよね。ピアノだけなら戸川さんの歌や朗読、歌詞の良さをしっかりと聴かせられますから。

──戸川純バンドのライブの定番曲である「肉屋のように」も、このデュオの形態だとポエトリー・リーディングを挿入した全く新しい「肉屋のように」として蘇生しているのが面白いですね。トリスタン・ツァラというダダイズムの創始者の一人として知られるフランスの詩人の『底から頂きまでの輝き』が冒頭と曲間で朗読されていて。

戸川:あの詩は、劇的な曲をさらに劇的にしたくて入れてみたんです。本来は音読するものではなく黙読するべき詩なんですけどね。『戸川純全歌詞解説集 ─疾風怒濤ときどき晴れ』にも書いたんですけど、「肉屋のように」はラブソングなんですよ。「食べちゃいたいほどあなたが好き!」という気持ちをおどろおどろしい何かに変換したみたいな歌詞で、おおくぼさんとのデュオでは従来と違う要素も入れてみたかったんです。

──ある意味、原曲以上に残虐で冷徹な狂気を感じますね。

おおくぼ:戸川さんの巻き舌がすごいし、朗読の「死滅せよ!」という言葉も強烈ですからね(笑)。今回、戸川さんの代表曲をやる上で、今までと違う側面を見いだすように心がけたつもりなんです。「諦念プシガンガ」もいろんなバージョンがあるけど、ここはここでまた違うドラマティックなものにしてみましたし。

戸川:普段よく唄っている野坂昭如さんの「バージンブルース」も今までとは違う感じで、今回はおおくぼさんが「本当のブルースっぽくやりませんか?」と提案してくれたんです。それでちょっとジャジーな感じになったんですよ。

おおくぼ:戸川さんの歌も、他ではあまり聴いたことのない唄い方で。他の曲を録った後の声が荒れた状態であえて録ったんですよね。

戸川:そうそう。ちょっと酒やけしたような声でね。わたしはお酒を呑めないんですけど。

おおくぼ:録った時ももちろん思いましたが、後で聴き直した時もあのちょっと酒やけしたような声がやっぱり効いているなと思いましたね。このしゃがれ具合がグッとくるみたいな、そういう細かいポイントがいっぱいあるんですよ。

ライブでできること、スタジオ録音でできること

──ゲンズブールが原曲の訳詞を手がけた「さよならをおしえて」もこのアルバムにはおあつらえ向きの楽曲ですね。

戸川:おおくぼさんのピアノはシュッとしていてスマートなんですよね。だからわたしもコンパクトにまとめるように唄ってみたと言うか、すごく大げさな唄い方にはしなかったんですよ。おおくぼさんのピアノを聴いてから唄い方を考えていましたからね。だから「たとえ大惨事が起きて〜」で始まるセリフの部分はわりとあっさり、さっぱりとしているんです。

──歌とピアノだけの編成なら「蛹化の女」が入っていてもおかしくないと思ったのですが、そこはあえて外したんですか。

戸川:おおくぼさんの選曲の中に入っていなかったし、わたしも特に何も言わなかったんです。おそらく仕上がりの予想がついちゃうからかな? と思ったんですけど。「蛹化の女」をご存知の方が想像する感じになっちゃいがちと言うか。

おおくぼ:ライブではやっているんですけどね。あまりアレンジをしすぎると、原曲の良さを損なってしまいそうでやめたんです。

──「劇甚」、「慟哭」、「煉獄」というおおくぼさんによる短いインストが、所々で曲と曲のつなぎ目の役割を果たしているのも本作の特徴のひとつですね。

戸川:ライブではMCを入れることで曲間のモードチェンジができるし、そこでお客さんを違う世界にお連れすることができるんですけど、アルバムだとそうもいかないのでインストを挟むことにしたんですよ。「劇甚」と「慟哭」というワードは、わたしの持ち歌でも使ったことがあるんですが、おおくぼさんの曲を聴いて、どうしてもそれがぴったりきたと言うか。

おおくぼ:歌とピアノだけでやっているので全体の統一感はあるんですけど、曲調がほとんどバラバラなことに気づきまして。それで曲順もすごく悩んだんですよ。

戸川:ちょっとスムーズじゃない曲順も、曲と曲の橋渡しとなる数分のインストを挟むことで良い流れになったんです。インストでワンクッション置く感じですね。

──「本能の少女」も劇的に生まれ変わった好例で、装飾を剥がした楽曲本来の良さが出ていますね。

おおくぼ:一緒にデュオをやることが決まった後に戸川さんのバースデー・ライブを観に行って、その時に「本能の少女」をやっていたんですよ。たしかMCで歌詞をちょっと変えたと仰ってましたよね。

戸川:部分的に変えたのは「わたしが死んだって世界は変わらないし/生きている意味などいらない関係ないわ」という歌詞で、JASRACにもそう登録してあるんです。それを「わたしが死んだって世界は変わらないが/生きている意味なら つくるわ自分でつくるわ」という前向きな歌詞に変えたんですね。

──どういう心境の変化があったんですか。

戸川:わたしはそれまでずっと、自分は生きる、いや死ぬ、いや生きる…という思いを繰り返してきて、いつしか生きるがまさったんです。生きるなら貪欲に生きたいし、人一倍欲張りなんですよ。曲がりなりにも好きなことをやらせてもらっているし、それが生きている意味でもあるので、「本能の少女」の歌詞を変えてみることにしたんです。

──なるほど。ところで、「愛の讃歌」のような“どシャンソン”をやろうと提案したのはおおくぼさんだったそうですね。

おおくぼ:そうなんです。このデュオを1年くらいやって、そろそろ定番のシャンソンをやってみるのも面白いんじゃないかと思って。だって、戸川純の唄う「愛の讃歌」ってすごく聴いてみたいじゃないですか? ありそうでなかったし、意外とスタンダード曲をやってこなかったから戸川さんにお願いしてみたんですよ。

──「王様の牢屋」もその流れですか?

戸川:あれはもともとわたしがやりたいと言った曲で、ライブではより一層エモーショナルに唄っているんです。わたしはゲルニカの頃、最初にお客さんの前に立つと臆しちゃっていたんですよ。みんながみんなわたしを見ているけど、期待されているものに応えられるだろうか? みたいな感じで、お客さんが怖くて。それから場数を踏んで、年齢を重ねてきたこともあって、「聴いている人たちを呑み込んでやる!」みたいな感じで肝が据わってきたんですね。そういう気持ちでやらないと、逆にお客さんに対して失礼だとも思うし。「王様の牢屋」のレコーディングはその余地を残したんです。ライブのほうがよりエモーショナルで、演劇性の強い唄い方をしているんですよ。

──唄い分けをしたのはどんな意図があったんですか。

戸川:ライブでできることとスタジオ録音でできることを分けたかったんです。そこでしかできないことをやりたかったので。エモーショナルに激しく演じるように唄うとリズムや音階がめちゃめちゃになったりするし、スタジオ録音ではちゃんと作り込んだものを残したかったので、あえて抑え気味に唄ったんですよ。その一方、ライブではライブでしかできないことをやりたいので、「音階もリズムもヘッタクレもあるもんか! あとはどうなろうが構わない!」くらいの勢いで、感情の赴くがままに唄うようにしています。このアルバムをきっかけにライブに来てくだされば、ライブでしか味わえない感情的で演劇的な「王様の牢屋」の凄みを味わえて面白いと思いますよ。

おおくぼ:ピアノの演奏もライブでは毎回違うことをやっていて、その時々の戸川さんとの感情のやり取りを音にして表現していますからね。

パワーバランスが対等でなければ失礼

──どの楽曲もおおくぼさんのピアノが戸川さんの歌に寄り添い、支えながらも、臆することなく拮抗しているのが良いバランスですね。

おおくぼ:歌の伴奏とは全然違うし、そもそもユニット名が“戸川純 avec おおくぼけい”だし、パワーバランスが対等でなければ失礼ですからね。

──全編、お二人で「せーの!」で録っていったんですか?

戸川:そういう録り方をしたのも2曲ほどありました。

おおくぼ:「愛の讃歌」と「王様の牢屋」というシャンソンのスタンダードは一緒に録りましたね。

戸川:リズムがインテンポな曲ではなく、バラけて帳尻が合うシャンソン曲はどうしてもピアノと一緒じゃないと録れなかったんです。

おおくぼ:「せーの!」で録ってもほとんど直しはなかったですけどね。

──カバーの選曲が興味深くて、「クレオパトラの涙」は手塚治虫監督のアニメラマ『クレオパトラ』(1970年・虫プロ製作)の主題歌ですよね。手塚治虫の原作で冨田勲の作曲と言えば、『昭和享年』に収録されていた「リボンの騎士」を即座に思い出したのですが。

戸川:ああ、それはたまたまですね。子どもの頃、アニメの『クレオパトラ』が好きだったんです。わたしが生まれ育った新宿は映画館が多くて、今はなきコマ劇場の向かいの映画館に巨大なクレオパトラの看板が取りつけてあったんですよ。横長で、ほとんど裸体で横たわっているようなイラストの看板で。それが強烈な印象として残っているんです。由紀さおりさんのスキャットが本当に好きでした。

──シャーリーンのバージョンが代表的なものとして知られる「愛はかげろうのように〜プリシラ〜」も面白い選曲ですね。あれだけポピュラーな洋楽のヒット曲が選ばれているのが意外で。

戸川:「愛はかげろうのように」みたいな曲は、いつもの戸川純のソロ名義のバンドではできませんね。最初はニーノ・ロータの「ロミオとジュリエット」をやろうなんて話もあったくらいなんです。そんな感じで「愛はかげろうのように」をやっているんです。「あいつら、自分の世界に酔っているんじゃないか?」と誤解されそうな夢見がちな世界を笑う人がいてもいいので、劇的でロマンティックな曲をやりたかったんですよ。

──「愛はかげろうのように」は戸川さんによる日本語詞で唄われていて、日曜日も外出禁止だった十代の思いが綴られていますね。中盤の「なーんてね、全部嘘」とそれまでの歌詞をひっくり返すような語りもユニークで。

戸川:ドラマティックでロマンティックなことを夢想しながら、「嘘ぴょーん!」みたいなね(笑)。

おおくぼ:あの語りの部分は最後の最後で録り直しましたよね。

戸川:最初はもっと哀しげに、ちょっと暗く、「なーんてね、全部嘘」とセリフを録っていたんですよ。それだとそれまでの歌詞をぶち壊すまでに至らないので、もっとハジけた感じにしたくて録り直したんです。わたしにしかわからないような微妙なラインなんですけどね。「愛はかげろうのように」はわたしが中学生の頃にヒットして、学校帰りに立ち寄る文房具屋さんとかでよく流れていたんです。当時は何ていう曲かわからなかったんだけど、後年、『プリシラ』という映画のオープニングで流れてくるのを偶然聴いて、サントラを買ったらやっと曲名がわかってすごく嬉しかったのを覚えています。

──シャーリーンの「愛はかげろうのように」がヒットしたのが1977年、『プリシラ』が公開されたのが1994年なので、17年越しで判明したわけですね(笑)。

戸川:確かに長い長い年月でした。それにしても17年経ったとは(笑)。「愛はかげろうのように」は2バージョンあるんですよね。わたしがカバーしたようなセリフが入っているのと、入っていないのがあるんです。

おおくぼ:「なーんてね、全部嘘」から始まるのがセリフの部分ですね。

戸川:わたしはセリフが入っているバージョンのほうが好きなんですが、原曲のセリフが何を言っているのか気にもせずに日本語詞を書いたんです。でも結果的に言っていることがほとんど変わらなかったんですよね。原題の「I've Never Been to Me」=「まだ本当の自分自身には出会えていない」というフレーズが歌詞の随所に出てくるのを無視していたにも関わらず(笑)。

──戸川さんの歌とピアノだけの編成と言えば即座にゲルニカを連想してしまうのですが、ゲルニカ時代の楽曲をこのデュオでやろうという発想はありませんでしたか。

戸川:まず、ゲルニカについてわたしには発言権がないのです。それにあの時代の曲に関しては、わたしとしては充分やり尽くした思いがあるんです。3枚もアルバムを出しましたしね。作詞をしていたのもわたしじゃないし、なるべく自分で歌詞を書いた歌を唄いたいのもありますし。

おおくぼ:ゲルニカの曲はすでに完成しているものだし、ぼくがピアノで弾いても変えようがありませんからね。それよりも「あの曲をピアノでやっちゃうんだ?」と思われるような意外性のある曲をやったほうが面白いと思います。

制約があるようで自由度は高い

──今回のアルバム収録曲には朗読やセリフが多いですが、戸川さんが歌で演じていると言うか、歌の中に戸川さんの女優の側面が出ているように感じますね。

戸川:そうですね。ただそれもライブのほうがより強く出ていると思います。さっきも話した通り、レコーディングはライブよりも抑えめに唄いましたから。やろうと思えばもっと演劇的な要素を入れられるんですけど、そこをあえて抑えて、音階やリズムを重視しました。

おおくぼ:唄い方はある程度決まっているので歌のテイクはそれほど重ねなかったんですけど、セリフの部分は何度も録り直したので戸川さんのこだわりを感じましたね。「愛はかげろうのように」のセリフもそうだし、「肉屋のように」の朗読もそうだし。

──本作を聴くと、数年前と比べて戸川さんの声の張りがだいぶ戻ってきたのを感じるし、七色の声を巧みに使い分けるボーカリストとしての凄みを改めて感じますね。

戸川:実はカラオケボックスで人知れず訓練しているんです。わたしのソロやヤプーズの曲が入っているから、それを大音量で鳴らしてマイクを使わないで発声したりして。カラオケボックスって、マイクを使わないとすごく声を吸われるんですよね。それでだいぶ腹筋が鍛えられました。

──そんな鍛錬の場があったとは…。

戸川:「声が劣化した」なんて言われたこともあったから、初心に返ろうと思って「蘇州夜曲」や「支那の夜」、「銀座カンカン娘」といった懐メロをカラオケで唄ったりもしましたよ。ゲルニカをやる前のわたしの原点は懐メロだったので。懐メロはちゃんと声楽を習った人が唄っているから意外と難しいんです。しかもマイクを使わないで唄うから訓練になって、だんだん声が出るようになったんですよ。

おおくぼ:そういう成果が今回はよく出てますよね。「バージンブルース」も今までにない新しい唄い方だし、「王様の牢屋」も他のレコーディングでは聴いたことのない独特な唄い方ですから。

戸川:「王様の牢屋」も「愛はかげろうのように」もおおくぼさんとのデュオじゃなければやれませんよ。バンドではできないことをやれるのは楽しいです。

おおくぼ:それを含めて、戸川さんの歌の新しい表情が聴ける作品になったと思いますね。

──レパートリーは他にもたくさんありますし、この調子で行けばまたアルバムを作れそうじゃないですか?

おおくぼ:まずはこのアルバムが売れてからですね(笑)。

戸川:わたしもおおくぼさんもめちゃめちゃエモくなっているライブ盤とか出したら面白いかも(笑)。

おおくぼ:ライブから始まったユニットだし、最初はライブ盤を出すことも考えたんですよね。ライブでは毎回アレンジを変えたり、即興的なことをやっているので、今回のアルバムではそういったライブのレパートリーをひとつの雛形として残しておきたかったんです。

戸川:わたし、おおくぼさんにひとつお願いしたことがあったんですよ。こんなことを言ってしまって申し訳ないと思ったんですが、「クレオパトラの涙」の間奏をライブよりも短くしませんか? と提案したんです。

おおくぼ:最初、「クレオパトラの涙」のトータルタイムが10分くらいになっちゃったんですよね(笑)。

戸川:ライブでは即興ですごく長くしていただいても構わないんですけど、スタジオ録音では標準サイズにしたほうがいいと思って。

おおくぼ:たしかに。あと、スタジオ録音ではスタジオ録音でしかやれないことをやりたかったし、最初は他の楽器を入れた曲があってもいいのかな? と思ったんですけど、やっぱり歌とピアノだけにこだわったほうがいいと思い直したんです。歌とピアノだけの構成を徹底したので、かなりストイックな作品と言えますね。

──お話を伺っていて、まだ開けていない扉がある、伸び代のあるデュオであることがよくわかりました。

戸川:まだ開けていない扉もあるし、開けている扉でもまだ少ししか開けていないのをいきなりバーン!と開けることもできるし、自然と開いた扉もあるし、やってみたいことはまだいろいろありますよ。おおくぼさんから「こういう曲をやってみませんか?」と提案を受けるのも面白いですし。“どシャンソン”以外にも四季折々の歌を提案してくださったんですよ。クリスマスの季節に「降誕節」を唄ってみたり。

おおくぼ:初夏の時期には「夏は来ぬ」をやりましたね。

戸川:今まで唄ったことのない歌を唄いませんか? と提案されるのはありがたいことだし、すごく新鮮なんです。だから「夏は来ぬ」の曲自体は穏やかだけど、わたしにとっては攻めた曲なんですよ(笑)。それこそライブでしかできないことだし、自分の中で新しい扉を開けてもらえる快感がありますね。

おおくぼ:歌とピアノだけの編成は制約があるようでいて、逆に自由度が高かったりするんです。戸川さんの曲も元の作りが自由度の高いものが多いし、いろいろと料理できる面白さがあるんですよ。

戸川:「諦念プシガンガ」をもっとウィスパー・ボイスにして繊細に聴かせることもできますからね。そういういろんなことを試せるのがライブなんです。さっきも話しましたけど、わたしにとってこのアルバムは入口で、ぜひライブに来ていただきたいんですよ。おおくぼさんもわたしもまだまだこんなもんじゃないんだ! というところをお見せできると思うので(笑)。

*Rooftop2018年12月号掲載

© 有限会社ルーフトップ