その避難所は「当事者の意見」が反映されていますか? スフィア基準きほんのき(その3)

避難所運営では、普段発言力を持たない弱い立場にある人の声をいかに聞くか、が問われる(出典:Photo AC)

災害に遭われた方が、避難所でも尊厳ある生活を確保するための国際基準「スフィア基準」。この基準が実際に避難所でどう生かされているのか。先週につづき国内外の反映例の報告です!

■トイレの数より大事なこと。スフィア基準の基本、ご存知ですか?
「避難所の質の向上」を目指す国際基準
http://www.risktaisaku.com/articles/-/12466

■スフィア基準は実際に避難所でどう生かされているの?
スフィア基準きほんのき(その2)
http://www.risktaisaku.com/articles/-/12707

減災と男女共同参画研修推進センター・共同代表でもあり、早稲田大学地域社会と危機管理研究所・招聘研究員の浅野幸子さんは、「多様性」の視点から地域や自治体の防災力を高めていこうと活動するなかで、スフィア基準を重視されています。

スフィア基準の全体像をもう一度ご紹介しましょう。

写真を拡大  スフィア基準の全体像(出典:静岡大学・池田恵子先生作成スライド)

すべての分野に共通する基準(コア基準)から、性別・多様性に関連した部分を浅野さんに紹介していただきました。

スフィア基準では、被災者の権利保護・当事者性をとても重視しています。たとえば、支援者が被災者と支援に関して協議する際には、すべての年齢の女性、男性、少年、少女、および障害があったり民族・宗教などにより差別されているような脆弱な立場にある人々等の参加のもとに行うことが書かれています。その上、発言しにくい障壁があれば取り除くということが書かれています。

さらに、支援事業の計画づくりから男女双方が参画する、などとも書かれているのです。高齢者や障害者はもちろん、子ども・若者の権利や主体性も大切にしていることがわかりますね。

私が初めてスフィア基準を読んだ時に感動したのもここでした。少年や、少女の意見も聞くと書いてある支援者の本なんて今までみたことありませんでした。それだけではなく、支援者が発言しにくい雰囲気など、障壁があれば取り除くという支援者自体の義務のほうが書かれていて、きめ細かく寄り添う姿勢に心がほっと温まる気がしました。

全国各地の避難所の中には、仲が良いからとか、一体感が必要だ、という理由で、長期滞在の場合でも、パーティションがあっても使わないという選択がされる場合があります。でも、意見をよく聞いてみると、本当は嫌だったけど言いだせなかった、意見を言える雰囲気も場所もなかった、という声がでてきます。

スフィア基準に基づいた運営が行われているところでは、あえて、女性や子どもだけを集めて意見を聞く場の確保が実施されます。障壁があれば、取り除かなければならないからです。

普段から家庭・地域・社会の中で相対的により強い発言力を持っている人の意見はすぐに支援につながります。でも、平常時から十分な発言力を持てていない人はどうでしょう。被災によってより厳しい状況に置かれているというのに、助けを求めることすらできなくなり、支援者に意見がさらに届きにくくなります。

多様性に配慮した視点もたないと、本当に支援が必要な人ほど支援が届かない、という悪循環に陥ることになってしまうのです。

多様性を受容すれば避難所運営もスムーズに

国内の過去の災害について、ジェンダー(性別)の視点から見ると、女性はプライバシーや防犯・衛生などの面でより厳しい状況に置かれる傾向にありあります。またライフラインが停止したり、保育場所や学校、介護支援施設の一時的に機能低下してしまうと、家族のケア役割や家の片付けなどは、平常時よりはるかに重労働となります。そのすべての過剰な負担が女性に集中する傾向にあるとのことです。

また避難所運営は主に地域の男性が取りまとめるという傾向がありますよね。女性が運営にあまり入っていない所では、育児・介護・女性に関する配慮が不十分になってしまった傾向も見られました。でも、この、男性に運営が偏ってしまった場合の不利益は、女性だけが受けるわけではありません。

(出典:Photo AC)

東日本大震災の影響で自殺した人、阪神・淡路大震災の仮設住宅で孤独死した人は、男性の割合が多かったこともわかっています。運営が男性に偏ると、女性やその他の背景を持った人が声をあげにくなります。そうすれば、男性リーダーが、いくら皆に配慮して、身を粉にして頑張ったとしても、まわりから不満がでてきてしまいます。

リーダーは全く悪くなくても、同性にしか言い出しにくい、この条件の人にだったら相談できるという内容が、そもそも存在することを前提にする必要があります。多様性が確保されないと男性にとってもマイナスになることは忘れてはいけない視点だと思います。

写真を拡大 性的マイノリティに配慮した「にじいろ防災ガイド」(出典:岩手レインボー・ネットワークhttp://media.wix.com/ugd/02695b_c89cca0b31c0472f8dcd93d69732ba99.pdf

もっとも、国内の防災政策も、まったく多様性が配慮されてこなかったわけではありません。阪神・淡路大震災とその後の水害や相次ぐ地震災害を経るなかで、高齢者の直接死・関連死の多さが問題になりました。また、仮設住宅・復興公営住宅での生活の課題も注目されました。そのことから、災害対策に福祉の視点が重要であることが問われるようになりました。

2005年には、新潟中越地震での課題や国際動向を踏まえて、防災対策にジェンダーの視点が入りました。しかし、残念なことに特にジェンダー関しては、十分な対策はおこなわれないまま東日本大震災を迎えてしまい、多くの課題が噴出しまったそうです。

そこから、女性や子どもを支援する動きがこれまで以上に大きく広がりました。また、LGBTの方たちの困難についての認識も広がるきっかけとなりました。

そのような反省や経験も踏まえて2016年に策定された内閣府の「避難所運営ガイドライン」は、被災者支援の質の向上を重視し、スフィア基準も重視することを明記することになったのです。

写真を拡大 内閣府「避難所運営ガイドライン」1ページ目。「女性がリーダーシップを発揮しやすい体勢を確立する」などのチェックリストが入っている(出典:http://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1604hinanjo_guideline.pdf

具体的な取り組み項目とそのための体制について、詳しいチェックリスト方式となっているだけでなく、女性の意見の反映、女性のリーダーシップの発揮といったことも書き込まれました。

写真を拡大 内閣府「避難所運営ガイドライン」43ページ目(出典:http://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1604hinanjo_guideline.pdf

以前書いたように、数値そのものがスフィアの最低基準ではありません。けれども、目安として目標数値を掲げることは、特に行政による被災者支援計画を立てるにあたっては重要だと思います。すでに内閣府が数字を示してガイドラインを作った意義は大きいですよね。その上で、一番大切なことは、被災者の人権がきちんとまもられる状況を実現できているかということになります。

写真を拡大 「男女共同参画の視点からの防災・復興取組み指針 チェックリスト」より
(出典:内閣府男女共同参画局 http://www.gender.go.jp/policy/saigai/shishin/pdf/shishinhinanjyochecksheet.pdf

「少女の意見を聞く」ことができる災害現場へ

最後はインクルラボ代表の高橋聖子さんです。

インクルラボ代表の高橋聖子さん

スフィアトレーナーでもある高橋聖子さんは、20年以上海外の紛争影響国や被災地にかかわる支援に取り組んできた、これまた私が密かにマンガの主人公にしてしまいたいと思っている方です。

写真を拡大 インクルラボの活動概要(出典:公式サイト https://fields.canpan.info/organization/detail/1477157471

聖子さんは、海外でのスフィア基準の実践では、当事者の参画をすごく大事にしている事を教えてくれました。下着や経血を吸わせた布ナプキンをどこで洗って干すのかという時に、少女の意見もしっかり聞きます。

それも、都市部だけでなく、地元の意見も聞くとのこと。都市部の感覚だと使い捨てナプキンが当たり前でも、地方に行くと布で、洗う場所が決まっているなどの事情もあります。地元の情報も含め、とにかく多様な人に意見を求め賛同を得るという、説明責任を徹底しているということでした。

また、日本では地域による文化の差はそれほどないので、当事者の参画は必要ではないと思いきや、排泄ひとつとっても人によって求めるものが違います。たとば、人工肛門(オストメイト)を使用している方がどのようなトイレ環境が必要か、ということは殆どの人はわからないかと思います。

マンホールトイレ内に台を置いてオストメイト使用者に使ってもらいましょう、とあるパンフレットもありますが、聖子さんの知り合いのオストメイト使用者は「これは使うのは避けたい」と言います。マンホールトイレのような野外のトイレだと台が砂埃などをかぶりやすく、感染症の危険があるからです。たとえ水が流れなかったとしても、施設内の「誰でもトイレ」などを使えたほうが安心、とのこと。肝心の当事者の意見を聞いていないと、災害時のトイレ事情に反映されなくなってしまいます。

当事者の意見を聞く。本当に大事ですね。

この大切さがわかると、逆に、なぜ意見を聞かないでいられるのかなと疑問にも思えます。スフィアプロジェクトの根幹は、何度も書いていますが「人権」というものを真剣に深くとらえていましたよね。災害時は給水や衛生、食料などの基準に注目が集まりがちですが、聖子さんは、「ぜひ、『人道憲章』を見ていただきたい。ここにスフィアプロジェクトの理念が凝縮されているのです」と強調されます。

スフィアで最も大切なふたつの原理がありました。
まずは被災者の権利として、

1)    災害や紛争の被災者には尊厳ある生活を営む権利があり、従って、援助を受ける権利がある。 

と定められています。その権利と一対になる考えとして、

2)    災害や紛争による苦痛を軽減するために実行可能なあらゆる手段が尽くされるべきである

があります。

一般に義務というのは、権利を主張する人がわきまえておかなければいけない事のように考えている人もいるかもしれませんが、国際基準では、被災者の権利に対し、国や支援者が義務を負う、という発想になっています。

そのため、支援者がやってあげるという発想になってはいけなくて、例えば、物資の支援は、地域の経済が動いていたら、引換券や現金を渡すことにして、モノの支援はしないそうです。地域の経済を邪魔してしまったり、被災者が自分で決定する尊厳を奪ってしまうからです。被災者の権利や尊厳が奪われることのないよう、支援する側があらゆる手を尽くす義務を負うという発想、知っておきたいですね!

紛争地という問題解決が国内よりも難しい状況では、ともすると、「無理 。仕方ない」と思えることが多くでてきます。それでも、あきらめずに尊厳のある生活への権利を追求し、最善を尽くそうとするとき、計画・実行・モニタリング・評価の実務的な文書であるスフィアプロジェクトが役立ってきたそうです。

「すでにスフィアをベースにした様々なGood Practiceが海外で積みあがっています。それを活用するのも手かなと思います」と、聖子さん。

ということで、スフィア基準のきほんについての研修をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?スフィア基準って奥深いものなんだと感じていただければ嬉しいです。

参加してくださった方からこんな感想もいただきました。NPO法人チルドリン 代表理事の蒲生美智代さんからいただいたものです。

■NPO法人チルドリン
http://www.child-rin.com

その地域で暮らしたことのない、大きな災害を体験したことのない者が、支援に入るのはかなりの専門性がないと、絶対に無理だし、かえって迷惑ではないかと感じていました。

このようなスフィア基準があることを知り、何か、私たちでもできることがあれば、やってもよいのだと、感じることができました。このスフィア基準を意識した『ママの防災ノート』などもあることも知りました。

まずは、このような国際基準があることを全国のママたちに伝えていければと想います。多くのママがスフィアを『知る』だけでも、かなりの改善がはじまる予感がします。災害大国日本のママとして、あたりまえの備えを。

ママたちが支援を受ける側だけではなく、知ることで、支援する側にもまわりたいと思える、それこそがスフィアがもってる底力なのかなと思いました。みなさんの地域にもスフィアの理念が広がりますように。そして、すでに実現されている内閣府のガイドラインなどの政策ももっと広がることを願っています!

(了)

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