短い高校野球生活を有効に 群馬県北部利根沼田地区で画期的な取り組み

沼田ベースボールアカデミーは独自の取り組みで野球を展開している【写真:大森雄貴】

部活引退した中学球児に軟球から硬球への適応指導と体験機会提供

 中学球児の夏の終わりは早い。ほとんどの中学3年生は7月前後で部活からは“卒業”。では、引退した3年生は高校入学まで、どう過ごすのだろうか。まだ見ぬ高校野球へ思いを馳せる中学3年生へ“経験”を提供する、群馬県利根沼田エリアにある「沼田ベースボールアカデミー」の取り組みを紹介したい。

 今夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会には、過去最多56校が参加。決勝戦では、史上初2度目の春夏連覇を狙う常勝軍団、大阪桐蔭と、東北初優勝の期待がかかる秋田の星、金足農業が対決する構図に、多くの高校野球ファンは盛り上がったであろう。しかし、8月下旬まで高校野球を続けられる高校生は、全国の中でも限られたほんの一握りの人間だ。

 入学式4月の高校1年生をスタートとすれば、早くても3年生の6月中旬には夏の高校野球の地方大会が始まり、高校野球人生を終える球児も存在する。期間にして2年2か月程度である。少しの猶予も許さない状況ではあるが、中学軟式野球部員出身者は高校入学後に“硬式球への適用”が待ち受ける。

 群馬県の北部、利根沼田地区では、各学校から引退した中学軟式野球部員の3年生を集め、「沼田ベースボールアカデミー(以下:沼田BA)」と題した活動を17年間続けている。2018年の活動は、中学13校の約30人が参加。設立当初から利根沼田地区の中学教諭が中心となって運営を行っていることも、他には類を見ない活動団体である。

 沼田BAのメンバーが使用する道具は、地元の高校から借りたものが大半を占める。ボールの種類が違うだけだが、バットやグラブそれぞれの感覚は全く異なる。軟式出身の選手たちはその“別世界”に触れ、体験し続けている。

 代表を務める沼田市立沼田中学校の根岸浩文教頭は、「ボール1つの違いではあるが、軟式野球と硬式野球は違うスポーツに感じる。打球の飛び方やボールの跳ね具合など、実際に経験することで慣れてほしい」という。

ボーイズリーグと学校の部活がタッグ、勝ち負けだけではない野球を展開

 沼田BAの対戦相手となるのは、NPO法人前橋中央硬式野球倶楽部が運営する前橋中央ボーイズと前橋ボーイズ(以下、前橋中央)の引退した3年生。彼らも、7月の大会及び全国大会に出場し、8月まで日程を消化すると、高校野球という次なるステップを待つ身である。

 この日は、群馬県利根沼田地域の高校野球部のグラウンドを借り、チームを2つに分けて展開した。

 沼田BA根岸代表と共に、沼田BAの活動を推し進めている前橋中央・春原太一代表は「中学3年生の動きたくてたまらない子供たちが、プレーできないというのは歯がゆかった。伸びる可能性を存分に秘めている彼らの成長を止めたくなかった」と、その狙いを話す。

 成長著しい中学3年生の半年間という貴重な時間を実戦経験せず、高校野球に合流するのは非常にもったいない。ましてや、軟式野球出身者は、自身での対処に限界があり、高校入学後しばらくの時間を硬式球への対応に追われることになるだろう。

 勝ち負けを全てとするわけではない。この日も、全3試合を行う中で、沼田BAは軟式上がりのチームであり、投手ができる選手も少なく、投球過多になるリスクも考えられる。最終戦は、沼田BAチームに前橋中央の選手が投手として助っ人参加した。

交通難、産業事情、過疎化など地方ならではの悩みも

 過疎化の波は野球界にも押し寄せ、ここ5年間で3つの野球部が消滅してしまった。

 沼田BAの活動では、地域特有の事情も存在する。利根沼田でも、少子化の波が押し寄せる。グラウンドに向かうまでの交通の便は、車に依存せざるを得ない部分があり、隣家は遠く、点在している状況だ。農業や自営業をする保護者は単独で送迎するのが厳しいと、子どもに野球をさせられない状況が生まれてしまう。

 グラウンドの確保も容易ではない。近年では、これまで積み上げてきた実績も加味され、利根商業高校など地元の高校が、遠征時はグラウンドを貸し出してくれるなど協力的になっている。

 沼田BAの活動を続ける上で、課題となることは山積み。指導者(顧問)の問題、交通手段、グラウンドの確保など様々だが、群馬県の子供たちが高校生になったその時から、元気いっぱいにプレーできる姿を願っている沼田BA関係者や前橋中央関係者の思いが続く限り、活動は続いていくだろう。(大森雄貴 / Yuki Omori)

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