【ISO認証の最新動向】〈日本検査キューエイ川﨑博史社長に聞く〉労働安全衛生の「45001」誕生、鉄鋼業でも導入機運高まる 災害の潜在的なリスク低減/組織マネジメントで基盤強化

 今年3月に労働安全衛生マネジメントシステムの国際標準規格「ISO45001」が誕生した。製造現場の安全基盤強化に有効とされており、今後、鉄鋼業でも導入の機運が高まりそうだ。「ISO45001」を取得した企業にはどんな利点があるのか。環境に関する「ISO14001」、品質に関する「ISO9001」の最新動向と合わせて、日本検査キューエイの川﨑博史社長に聞いた。(石川 勇吉)

――労働安全衛生マネジメントシステムの国際標準規格「ISO45001」が3月に誕生しました。鉄鋼業をはじめとする製造業が取得すると、どのようなメリットがあるのでしょうか。

 「様々な利点がありますが、製鉄所などの製造現場で労働災害の潜在的なリスクを減らせるのが最大のメリットです。この規格を取得するには製造現場の安全に対する責任と権限を明確にしなければなりません。経営トップの意思を現場の安全に反映するためのPDCAサイクルを整える必要もあります。労働災害のリスクを現場レベルと組織運営レベルの両面で把握することで労働災害に強い組織体制を構築することができます」

日本検査キューエイ・川﨑博史社長

 「副次的な効果もあるでしょう。製造現場にとって何より優先すべき安全の体質強化が進むことで、従業員の日常業務に対する意識改善や規律向上など組織全体の士気を高める効果が見込めると考えています。製造現場に潜む安全リスクを洗い出す作業を通じ、業務改善や標準化の促進にもつながるでしょう。また、企業価値の向上というメリットも見込めます。この規格を取得するということは、労働安全衛生に関するマネジメントシステムが整っていると第三者機関から認められ、顧客や株主、投資家らにそれを示すことができるということです。結果として営業活動や人材採用などにプラスの効果が働くとみています。ESG投資が広がっていることもあり、投資対象としての評価にも影響する可能性が高いと言えます」

--日本鉄鋼業は企業や業界団体の独自の取り組みを通じて製造現場の安全基盤を強化しています。そもそも鉄鋼業が「ISO45001」を採り入れる必要性についてはどうお考えですか。

 「確かに鉄鋼業は以前から製造現場の安全基盤の強化に力を入れていますが、現場の労働災害の完全な撲滅にはまだ至っていないのが現状です。マネジメントの観点から安全基盤を強化する余地が残されているとされており、鉄鋼業でも『ISO45001』の導入機運は高まるとみています。導入すればすぐに災害が減少するというものではありませんが、現場の事故や災害を未然に防ぐための体質強化、さらなる安全基盤の強化に役立ててほしいと思います」

――日本検査キューエイはこの規格の普及に向けてどのような取り組みを行うのでしょうか。

 「そもそも今回の『ISO45001』は完全に新しい規格というわけではありません。これまでデファクトスタンダードとなっていた準国際規格『OHSAS18001』がベースとなっています。日本鉄鋼業では取得実績のない規格ですが、産業界で広く普及しており、国内でもすでに約1500社が取得しています。当社はこの『OHSAS18001』の審査・認証を20年前から手掛けてきた実績があります。この実績を生かしながら普及に努めたいと考えています。規格概要を解説する公開セミナーを定期開催しているほか、来年2月には当社のお客様向けに労働安全衛生に関する『JICQAフォーラム』も行います」

「9001」「14001」/15年版への移行期間終了

--そのほかのISO規格では、どのような動きがあるのでしょうか。

 「品質マネジメントシステムの『ISO9001』と環境マネジメントシステムの『ISO14001』の2015年版への移行期間が今年9月に終了したことがトピックスの一つです。以前の2008年版からは大きな改訂でしたが、当社のお客様についてはほとんどが無事に移行されました」

--「ISO14001」は国内の認証登録件数が減少傾向にあります。

 「日本適合性認定協会の統計によると、確かに『ISO14001』の国内認証登録件数は2009年をピークに漸減傾向が続いています。2017年は約2万4千件と前年比で約13%減少しました。しかし今後はこの規格が再び注目を集める可能性があるとみています。大きな背景にあるのが国連が掲げる『SDGs(持続可能な開発目標)』です。SDGsが産業界で広く知られるようになったことで国内外で企業の環境意識が再び高まっており、国内製造業でSDGsを経営理念に採り入れる企業も増えています。『ISO14001』はSDGsを実践する組織経営のツールになりうることから、改めてその機能に着目する企業が増えるのではないかとみています。環境と一口に言っても気候変動だけでなく、最近では廃プラスチックによる海洋汚染も世界規模の問題として新たに浮上してきました。ISO規格が果たす役割が高まることを想定し、当社としてもSDGsに関連する認証登録活動を強化したいと考えています」

「SDGs」達成に有効、企業の取得増加を期待

--一方、「ISO9001」についてはこの1年間、この規格を取得していた国内製造業で品質の不適切問題が相次ぎ、ISO認証の意義を問う厳しい指摘も出ました。認証機関として一連の問題をどう受け止めていますか。

 「非常に多くのことを考えさせられたというのが率直な感想です。ISOの認証審査はあくまで企業の活動結果を中心としたシステム審査であり、しかもサンプリングという手段をとるため、品質不適切事象を直接見つけることは難しい。一方で、問題や不正をなぜ見つけられないのかという指摘があったのも事実で、この指摘は真摯に受け止めなければならないと考えています。品質の不適切事象を直接見つけることは困難だとしても、そうした行為を許容する組織の企業体質や品質保証の仕組み、ガバナンス自体の脆弱性を的確に指摘することはできるはずです。まさにこうした取り組みを追求しなければISO認証の価値やわれわれの存在意義の向上は図れません。一連の問題を契機に自らの審査を真摯に再点検し、審査技術の質と精度を一層高めていきたいと考えています」

技術情報の漏えい防止/新認証制度を構築へ

――技術情報の漏えい防止に向けた新たな認証制度の構築も進んでいるそうですね。

 「以前に日本の大手鉄鋼メーカーの重要技術が韓国企業に漏えいした事件などを踏まえ、経済産業省が技術やノウハウなどの漏えい防止に向けた新たな認証制度の構築を進めています。この制度では、経産省が認定した認証機関が法律に基づいて審査を行い、申請組織の技術情報漏えい防止措置が基準に照らして妥当かどうかを確認します。これにより情報の適切な管理を促すのが狙いです。主に航空機産業や防衛産業に関連する企業などで活用が広がるとみています。今年4~9月にはテスト運用となる認証トライアルが実施され、当社を含む全国6認証機関と50組織が参画しました。来年にも経産省が認証機関を認定し、新たな認証制度が始まる見通しです。当社も認証機関として申請準備を進めているところです」

――最後に日本検査キューエイとしてのISO認証事業の展望をお聞かせください。

 「日本で人口減少、少子高齢化が進む中、企業がしっかりと事業を続ける上で最も重要なのは人材です。ISO認証は企業の仕組みの質を高めるだけでなく、人づくりにつながるメリットもあると捉えています。ISO認証の運用を通じて人が成長し、結果的に活力ある強い企業がこの日本の社会を支えていってほしいと考えています。優れた審査員による良質な審査をベースにアイデンティティーをつくりあげ、お客様にとって役立つ審査を提供することで社会への貢献を目指します」

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