金属行人(11月27日付)

 半世紀を超えて業界に身を置く先達の話を聞く機会がまれにあり、個人的な昔話が業界の歴史に重なり、見知らぬ世界が急に身近に感じられるような心持ちがすることがある。先日お目にかかったのはステンレス業界の長老格の方で、腕時計でステンレスの伸縮バンドが出始めた時代、市中で切板商売が始まった時代、メーカーがシート販売からコイル販売に移行してコイルセンターが誕生した時代など、年表や資料で知るような時代のことを生き生きと活写してくださった▼今とは日本の社会そのものが違っており、ましてやステンレスという若い金属が一般社会に徐々に浸透していく過程で、なるほどそうして業態は形作られて来たのか、と原点を教えられることも多々あった▼記者になりたてで右も左も分からない頃、先輩に「あらゆる社史を読みなさい」と助言された。気難しい流通の親父さんに「業界の歴史を勉強してから来い」と叱られて、他の親父さんから教わって出直したこともある。急がば回れとはよく言ったもので、たとえ聞きかじりでも全く知らないよりまし、と自覚できる程度に話に付いていけるようにはなった▼もっとも聞きかじりは聞きかじり。実際に経験した人の迫力にはとてもかなわない。

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