歌う僧侶「キッサコ」、般若心経を音楽にのせて

仏教を次世代へ 「仕事、つながる」(2)

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「般若心経cho.ver」を披露する薬師寺さん

 けさを着た僧侶がスタンドマイクに向かう。「摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃーはらみったーしんぎょう)…」。一拍おいて、ギターの音が響く。パーカッションも重なる。続く読経が心地よく音楽にのる。コーラスも加わり、厚みを増していく―。

 11月上旬、松山市の宝巌寺(ほうごんじ)でライブをしたのは、江戸前期から続く愛媛県今治市の海禅寺副住職、薬師寺寛邦(やくしじ・かんほう)さん(39)。僧侶ボーカルプロジェクト「キッサコ」のただ一人のメンバーでもある。「仏教を次の世代へつなげたい」と、斬新な音楽活動を続けている。

松山市の宝厳寺でライブをする薬師寺さん

 キッサコは、薬師寺さんが大学時代を過ごした京都で、2003年に3人で結成した。「お寺を継ぐことから逃げるように、音楽にのめり込んでいった」。実家は由緒ある臨済宗のお寺。だが、世襲以外で仏門に入る理由が見つけられなかった。実家に愛着はあったものの「人生の最後まで僧侶を続ける覚悟も動機も特になかった」。

 幼い頃から得意で、ずっと好きだった音楽を続けることが世襲からの逃げ道になっていた。身近にあった京都の美しい風景を描くポップスなどを作詞作曲し、関西を中心に地道に路上ライブを重ねていた。

 キッサコは「お茶でもどうぞ」を意味する禅語の喫茶去が由来だ。薬師寺さんは「響きが気に入ったから。深い意味はなかった」と笑う。

 知り合いの紹介で京都の寺でのライブイベントに参加したときのこと。庭が見え、木の暖かみのあるお寺が、自分たちの音楽と相性がよいと感じた。以後、寺院を会場にすることが増えた。

 バンド名も、お寺でのライブも、特に仏教を意識したわけではなかった。「世襲に抵抗感がある一方で、寺も禅語も身近すぎてなぜか自然に選択していた」

薬師寺さんが副住職を務める実家の海禅寺

 そんな中、僧侶である父の仕事に共感する出来事があった。04年ごろ、福岡市のショッピングモールでの無料ライブ。ふるさとを描いた歌「ハイム~郷愁~」を演奏した。終わると、中年の男性が目に涙を溜ながら近寄ってきた。「亡くなったじいさんを思い出したんよ。ありがとう」

 歌がこんなにも届いたのだと、今までになく嬉しかった。そして「故人を思い出してしのぶことは、お寺での季節ごとの法要と同じだなぁ」と気づいた。音楽と仏教がはっきりとつながった瞬間だった。

 活動が実を結び、キッサコは07年にメジャーデビューを果たす。しかし、レーベルに所属したからこその苦悩が薬師寺さんに降りかかった。曲を作っても、会社側から変更を求められたりボツになったり。「自分に自信がなく、曲をどうしたいのかいつも言い切れなかった」。人の評価に左右されるうちに、新しい曲が思い浮かばなくなった。好きで続けてきたはずの音楽を、気がつけば嫌いになっていた。

 「何が表現したいのか、自分と向き合わなければ」。挫折を前にして、今まで正面から向き合うことを避けてきた実家の宗派の禅宗や仏教を学ぶようになった。その時にできたのが「わたし」という楽曲。

 「時の中で 変わる変わらないものを もう分けなくていい すべて受け止めて 今の『今』を生きよう」

 仏教、そして禅の世界観を歌詞に込めた。

 この楽曲も一度はボツと指示された。しかし、この曲を作ったことで心は軽くなった。

薬師寺さんも普段使用する仏具

 書物で学ぶだけでなく、修行で体験することに重きを置く禅の教えに興味がわいた。「もっと知り、体感したい」。仏門修行に入ることを決意した。

 10年、キッサコの活動を休止して京都の禅寺、天龍寺で2年間の修行に入った。朝は4時に起き、掃除や庭の剪定、畑仕事に座禅。月に1度ほど、1週間連続で早朝から夜中まで座禅を続ける「接心(せっしん)」も体験した。

 座禅中、歌詞とメロディがひらめいたこともあった。「雑念なんですけどね」。一度嫌いになった音楽が、すっかり身近になっていた。

 修行中、大勢で音程をそろえてお経を読むと気持ちがよかった。寺を周回しながら数人でお経を唱える托鉢ではロングトーンの部分を音程を変えてハモってみたこともあった。

 「お経を音楽にのせてみたい」

 修行を終えると、楽曲制作に取り組んだ。「意味もすごいが、まず音として計り知れないパワーがある」。選んだのは般若心経。伝統的な読経の調子に合わせて伴奏や和音を重ねた。

 賛否両論を覚悟していたが、16年にコンサートで初披露すると観客からは高評価。様々なアレンジを収録したアルバムを発売するまでになった。

 今では、平日の昼間は法要の準備や事務作業など住職の手伝いをし、夕方以降や休みの日に音楽活動をしている。

 この先、住職になるとお寺の仕事が一挙に増え、音楽に使える時間は減るかもしれない。ただ、歌う僧侶としての活動は一生続けたい。「人として大切なものを伝える。仏教も音楽も同じ大切な手段。流行りすたりの中でも残ってきた仏教の面白さを、今度は自分なりに次世代へ発信したい」

 YouTubeなどに公開した「般若心経 cho ver. 」の再生回数は日本で200万回超、中国では1500万回を超えた。12月には中国と台湾の6都市でワンマンライブツアーが決定した。同じお経でも中国語での読みは異なるが、日本語の読みのまま中国でも好評を得ている。ただ、お経の最終部でサンスクリット語を漢字で音写した「真言(しんごん)」の部分は中国でもかなり近い音だ。

ライブをする薬師寺さん

 「羯諦羯諦波羅羯諦(ぎゃーていぎゃーていはーらーぎゃーてい)波羅僧羯諦菩提薩婆訶(はらそうぎゃーていぼうじーそわか)…」。国を超えて、世代を超えて、薬師寺さんは音楽と仏教で表現を続ける。

▽取材を終えて
 初めて赴任した四国の香川県でお寺を訪ねると、お遍路さんたちが般若心経を唱えている。複数人の声がそろい、響きがとてもきれいだった。どんな唱え方があるのかインターネットで調べたら、薬師寺さんの音楽に出会った。美しさとパワーに圧倒されて、お経と言えばお葬式くらいしか思い浮かばなかった今までのイメージがひっくり返った。

 取材で向かった松山市でのライブの後、今年キッサコのファンになったばかりという50代の女性に話を聞いた。「どこにもぶつけられないイライラも般若心経を聞くと静かになる」。脈々と、お経が生きて受け継がれているなぁと感じた。私も心乱れる出来事があったら、職場でもどこでも唱えてみようかな…!(共同通信高松支局=佐藤萌24歳)

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