「持ち上げない看護・抱えない介護を」 急務の腰痛予防

 「持ち上げない看護、抱え上げない介護」の普及によって、看護、介護現場の腰痛予防とケアの質の向上を目指す「日本ノーリフト協会」(神戸市、保田淳子代表)のかながわ支部が11月、発足した。東日本では初の県支部で、さっそく来年1~2月には横浜でコーディネーター養成講座を開催する。

 支部長に就任した豊田好美さん(旭訪問看護リハビリステーション)は「持ち上げない、抱え上げない看護介護は、する側、される側の両方にメリットがある。広く県民に知ってもらい、地域に広げていきたい」と話している。 

 ノーリフトとは、ノーリフティングポリシーの略で、オーストラリアの看護師が1990年代末、腰痛予防対策のために提言した。患者・利用者をベッドから車いすへ移す(移乗)際などに、危険や苦痛を伴う人力のみの移乗を止め、患者・利用者の自立度を考慮した福祉用具を使って移乗介護を行おうという方針だ。

 看護師、介護職、介護者の健康を守ると同時に、不適切な人力介護の弊害を避けることも重要な目的で、患者・利用者の褥瘡(じょくそう)、拘縮、皮膚損傷を予防することでケアの質も高まる。欧米の福祉施設では、ベッドから車いすの移乗などの際には福祉用具を使うことが常識だ。

 ところが日本では、介護現場への最新鋭ロボット導入が声高に叫ばれているにもかかわらず、今すぐ利用できるスライディングシート、スライディングボード、グローブ、リフトなどの福祉用具が十分には使われていないという。その背景を豊田さんは、教育、知識の不足と、日本ならでは看護介護文化、精神論があると指摘する。

 「看護も介護も、学校などで福祉用具の使い方をきちんと習っていません。人力でやるのが当たり前と先輩から教えられ、仕事を始めて1年以内に多くの人が腰痛になります。自分が頑張れば良いと我慢してしまいます」。腰痛があって一人前というような精神論もまだ残っているという。「腰が痛くて移乗介護をできないと言うと、職場での居心地が悪くなり、離職することにもなります。腰痛対策があれば高齢者でも働けるのに、大変な人材の損失です」と豊田さんは語る。

 実際、腰痛による休職、離職は後を絶たず、深刻な人材不足の一因となっている。主要業種の中で、腰痛による休業件数が右肩上がりになっているのは、保健衛生業だけだ。働く人の健康を守る点に関して、日本の介護は完全に“後進国”と言える。

 欧米の取り組みを受け、日本でも2009年に日本ノーリフト協会が発足。持ち上げない、抱え上げない看護介護の啓発に取り組んできた。県も15年、「神奈川らくらく介護宣言」をし、「人の力のみで抱え上げない介護・看護」の推進に取り組んでいるが、現場の理解はまだ不十分だ。

 ノーリフティングポリシーについて県内ではこれまで個人、法人単位で取り組みが行われてきたが、今年に入って有志が呼び掛けを行い、約30法人・個人が集まり、かながわ支部(事務局・三浦市社会福祉協議会)が発足した。豊田さんは「施設への普及はもちろん、在宅介護への普及啓発にも取り組みたい」と話す。

かながわ支部立ち上げセミナーでは、福祉用具を使った移乗などが実演された=11月4日、よこはまリバーサイド泉

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