『ありがとう さち子』小山健著 それ以上でもそれ以下でもない正直さ

 なんでかよくわかんないけど、新作が出たら手にしてしまう作家がいる。いや、なんでかって、そりゃ好きだからなんだろうけど、でも一体どういうところが?

 説明しようとしても言葉に詰まる。

 小山健はまさにそんな漫画家。デビュー作の帯には糸井重里がコメントを寄せていて、まぁ「糸井重里が帯書いた」っていうのに無条件降伏してしまうところがあるんですが(あと「NASAが開発した」って言葉と、食べログ3.6以上も降伏案件)、でも、それだけじゃない気はしている。なんだろな。と、彼の新刊『ありがとう さち子』を読みながら考えている。

 本書は小山の妻、さち子に焦点を当てている。和歌山生まれ、三人姉妹の長女であるさち子。うどんTシャツを愛用し、他人に対して気を使いすぎて気疲れするさち子。その反動からか、家では傍若無人に自由奔放なさち子……。

 そんなさち子と娘のちーこそして小山、三人の日々を描いたコミックエッセーは、どこまでもあけっぴろげで、正直だ。

 ソファに寝転がりアイスを食べ、ダイエット番組を見る。〆切前に焦る旦那の後ろを、掃除機片手に「ジャマするで」ゴオオオオ「通るでー」ゴオオオオ「帰るでー」ゴオオオオと一瞬で邪魔をし、一瞬で去る。カフェに入りメニューを眺め、「この……豆乳のやつください」豆乳メニューがあればそれ一択になる。本当は関西に帰りたくて、本当は貯金したくって、人に迷惑をかけたくない、交通系ICカードには1000円ずつしかチャージしない。そんなさち子と、東京にいたくてお金は使いたくて、人に迷惑を掛けても謝ればいいというスタンスで、ICカードには1万円チャージする小山。違う人がひとつ屋根の下で暮らすことの色々を、そういうものとして描いている。

 小山健のことを好きなのって、こういうとこなのかも。過剰さがない感じ。過剰に感動させようともしないし、過剰に自虐的でもない。くそ陳腐な言い方をすれば、文字通り等身大の物語だ。それでおもしろいってすごくない?みんなドラマだからドラマチックにするのに。

 枠外に娘の成長記録や家族の好きなもの紹介したり、それら小さなエピソードによってより浮き彫りになる小山家の家族のかたち。その、どんな感情も、漫画として成立するのなら包み隠さない真面目さが、覚悟が、好きなのかな。めちゃくちゃフツーの感想だけど、でも結局そういうことなのかもしれません。

(KADOKAWA 1200円+税)=アリー・マントワネット

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