能町みね子×花田菜々子(HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE 店長)「世界初のメン募漫画『中野の森BAND』をめぐる行き当たりばったりトーク」

とにかくしょうもない漫画を描きたかった

能町:ごぶさたしております。

花田:こちらこそごぶさたしてます。能町さんとお会いするのはすごい久しぶりで、初めてお会いしたのは9年前くらいですかね?

能町:私の『呻け!モテない系』の刊行記念イベントでしたよね(2009年3月20日にロフトプラスワンで開催された『モテない系30周年記念祭』)。

花田:私が読者代表という形で出させていただいて、その時はたしかモテ本をディスりまくるみたいなことをして。「ほっぺにかわいくチューしてみよう」なんて、するわけないだろ! みたいな(笑)。

能町:ああ、当時はそんな本がけっこう出てましたね。

花田:9年も経つとその手の本もなくなってきましたよね。

能町:たしかに。私がその方面の本に疎いだけなのかもしれませんけど。

花田:まったくなくなったわけじゃないんでしょうけど、ネットで「男子に嫌われる発言ランキングBEST5」みたいなのはよくありますよね。

能町:みんなそういう情報にお金を払わなくなったんですかね。花田さんの本は今年出たんでしたっけ?

花田:はい。4月に出会い系の本を出させていただきまして。

能町:だいぶ誤解を招く言い方ですけど(笑)。

花田:『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』という本なんですけど、能町さんには帯コメントを書いていただきまして、その節は本当にどうもありがとうございました。

能町:いえいえ。とても売れているみたいで良かったです。花田さんは今日のイベントのために森ガールを意識した服を着てくださったんですよね。

花田:森ガールっぽい服はどれかな? と選んでみました(笑)。でも細部までは至らず、本当はベレー帽とかを被れば良かったんでしょうけど。

能町:さすがにベレー帽は被りづらいですよね。私は普段あまり着ないバンドTを着てきました。この漫画にも特に出てこないバンドなんですけど(笑)。

花田:このたびは能町さんの新刊『中野の森BAND』が出たということで、こうしたイベントに出演していただいて本当にありがとうございます。

能町:こちらこそです。花田さんの本とは全然内容が違うので、トークがまったく重ならないと思いますけど…。

花田:でも、メン募もひとつの出会いじゃないですか。

能町:強引に結びつけましたね(笑)。

花田:テテ子が出会いを求める物語ですよね。

能町:ある意味そうですね。70人くらいの人たちと出会っているので。

花田:ある種のサクセスストーリーと言いますか。

能町:サクセスはしてないかもしれませんけど、話の筋はあってないようなものと言うか。

花田:話の筋よりもわちゃわちゃ感を楽しむのが良いと?

能町:そうですね。連載中にこの物語を追っていた人が世の中に1人でもいたんだろうか? という疑問がありますけど(笑)。何しろ月1ページの漫画連載で、そういうペースの連載は稀ですよね。

花田:『日ペンの美子ちゃん』みたいな感じですね。

能町:ああ、近いかもしれない。月1の連載を80回分収録したので、本になるまで7年半くらいかかったんですよ。

花田:そこまで長く続けるのも大変だったんじゃないですか?

能町:でも、ストーリー展開は毎月その場で考えてますからね。1日、2日は多少迷ったりはしますけど、次の展開をどうしよう? とか悩むことはまずないです。

花田:ときどき話が進む時に初めて気づくんですよね。ちゃんと話が進むものなんだ? って。ああ、まだちゃんとバンドやるのを目指してたんだ? とか(笑)。

能町:そういうのはだいたい私自身が気づいた時なんですよね。話が進んでないなと思って、ここは1年後にしてみようとか。

花田:進めてまた戻すみたいなところがありますよね。メン募に立ち返ると言うか。

能町:そうですね。メン募という軸だけは一応崩してないので。

花田:そこがブレてはならない作品の軸なんですね。

能町:そんな大げさなことでもないんですけど。『中野の森BAND』でトークライブをやると聞いてすごくありがたいとは思ったんですが、ちょっと困ったなと思って。話の筋は特にないし、この本に対して熱い思いがありましたとかは一切ないので。今まで出した本の中でいちばん熱いメッセージがないんです(笑)。

花田:それはどのページを探してもないですね(笑)。

能町:でも、そういうしょうもない本が昔から好きだったんですよ。しょうもない漫画を描きたかったのはたしかなんです。

実は手が込んでいるカバーと表紙

花田:読ませていただいて、私は二重の懐かしさを感じたんですね。ひとつは号泣議員(野々村竜太郎元兵庫県議)や加藤紗里さんといった今ではすっかり忘れ去られている人の時事ネタ、もうひとつはメン募というカルチャー自体の懐かしさ。今の若い人たちはメン募を知ってるんですかね?

能町:最近は減ってきて、壁に貼らずにファイル形式になっているという話をさっき楽屋で編集さんから聞きましたけどね。この本の作りの話なんですけど、カバーの帯を取るとメン募になってるんです。バンドをやるためにスタジオに入ったことがある人はわかると思うんですが、あらかじめ切り込みが入っているのをちぎって持ち帰るんです。そこに書いてある電話番号を後からかけて連絡するわけですね。まだメールすらメジャーじゃない頃はそういう連絡方法でした。

花田:お客さんの中でこういうメン募を見たことがないって方はどれくらいいますか?(と挙手を求めると、手を挙げる人がちらほらいる) ああ、やっぱりそうなのか…。メン募も「お母さんが若い頃はね…」みたいな話になってきたんですかね。

能町:私が大学の頃は一応ケータイがありましたけど、まだスタジオとかにちぎれるメン募があったんですよ。メールはすでにあったけど、誰もがメールでやり取りする感じでもなかった。個人でパソコンを持つ時代じゃなかったので。

花田:メールアドレスはメン募に書いてあったような気もしますが。

能町:あったかもしれないですね。ネットの掲示板なりSNSなりで募集するのはずっと後の話ですけど。

花田:2000年くらいはまだそんな時代じゃなかった。

能町:その当時はこの本のカバーみたいな感じでした。だけど、そもそもこの物語は2008年に始まっているんですけどね。

花田:連載当初からすでに時代遅れだったと(笑)。テテ子がそういう昔のカルチャーを引きずっているのが面白いですね。

能町:私がそういうものを描きたかったと言ったらそれまでなんですけどね。

花田:このカバーにもありますけど、当時のメン募には「完全プロ志向」ってよく書いてありましたよね。

能町:そうそう、スタジオあるあるなんですよ。ヘタな人ほどそう書いてあるんです。

花田:あと、「ボーカル以外全部募集」という文言は、能町さんはこれが書きたかったんだろうなと思って。

能町:そうなんですよ。「ボーカル以外全部募集」って、自分は何もできないと言っているようなものですからね(笑)。楽器の上手い人に助けてもらって、いいとこ取りしたいってだけなので。

花田:だいぶ上から目線ですよね(笑)。

能町:メン募に関しては、カバーをめくって表紙にニセのメン募チラシがたくさん載ってるのに注目してほしいんですよ。ロフトブックスのみなさんがすごい頑張ってくれて、この本のためにわざわざ作ってくれたんです。昔はこういうチラシがたくさんスタジオに貼ってあったんですよ。ペンタとかの貸しスタジオに。

花田:ニセのメン募チラシとは芸が細かいですね。

能町:…そうだ、思い出した。このあいだ姫路に行った時、雑居ビルの地下に喫茶店やスタジオが入っていて、そこの廊下にメン募チラシがいまだにありましたよ。今年の話なので、まだメン募文化は滅亡してないですね。皆さんももし街角でメン募チラシを見かけたら、貴重なものだと思って写真を撮ったほうがいいと思います(笑)。まぁそれはともかく、この『中野の森BAND』の本作りはけっこう頑張ってやってもらったんですよ。

花田:裏表紙のチラシもすごくいいですよね。「プロを目指し真剣にバンドを考えて」いるのに「音楽のジャンルは得に問いません」っていう。「特に」が「得に」になってるし(笑)。

能町:私が描いたカバーのメン募もよく見ると誤字だらけなんですよ。ちゃんとした出版社なら赤字が入ると思うんですけど、「メンバー募集」の「募」の字も「集」の字も間違ってるんです。

花田:うわ、ホントだ。細かいですね。

能町:「ボーカル以外全部募集中」の「募」も違うし、「楽器の得意な」の「得意」もわざと「特意」にしてあるし。テテ子はこういうメン募チラシを書き慣れてない子という設定なので、わざとそうしたんです。「クラムボン」も「クラムボンん」になってますしね。私がやりたいことをここで全部やってます。

サブカルの人が必ず通る道を通ってこなかった

花田:中のセルフライナーノーツもすごい量ですよね。

能町:何しろ80話しかないし、80ページじゃ本にはできないじゃないですか。一応音楽漫画だし、音楽と言えばライナーノーツだろうと思って、1話につき1ページしっかり解説を付けようと考えたんです。元のテキストは私が話したことを編集さんに起こしてもらったんですけど、それを全面書き直ししたんですね。注釈はすべて編集さんに書いていただきました。

花田:こういう注釈がムダに長いのも懐かしいなと思ったんですが、元ネタは何なんでしょうね。昔の時代特有の文化なんでしょうか?

能町:この本に関しては特定の元ネタがあるわけじゃないですけど、『別冊宝島』とか90年代のムック本は活字の級数がこの本の注釈くらい小さかったですよね。メジャーじゃない音楽雑誌とか『GON!』みたいなサブカル誌もすごく活字が小さくて。ああいうのをこの本でやりたかったんですよ。私なりのノスタルジーなんです。

花田:すごくよくわかります。

能町:ただ、私はサブカルっぽい人だと思われがちなんですが、カルチャーが豊富ではない茨城県の牛久市という街で育ったので、実は基本的なサブカルをあまり通ってないんですよね。その気持ちを込めて主人公のテテ子を茨城出身にしたんです。茨城は本当に文化不毛の地で、私が都内とか神奈川、埼玉辺りで育っていたらもうちょっと何かあったはずなのに…という気持ちがすごいあって。高校時代までの私が知っていたカルチャーの最先端は、牛久の文教堂という本屋だったんです。

花田:そこがいちばんハイエンドなスポット(笑)。

能町:当時の牛久でいちばんハイエンドでした(笑)。そこで知り得るもの以上のことは私にはわからなかったし、カルチャー系のことを教えてくれるお兄ちゃんやお姉ちゃん、先輩とかも全然いなくて。だから文教堂と、名前は忘れたけど近所のレンタルCD屋さんでしか文化的なものを吸収するしかなかったんです。CD屋さんも途中で潰れてなくなっちゃったんですけどね。

花田:当時は自営業のレンタルビデオ屋さんとかありましたよね。あと、5坪くらいの小さいCD屋さんとか。

能町:そうそう、駅ビルにありました。ちなみに私が人生で初めて買ったCDは、その駅ビルのCD屋さんで買った「たま」のファースト・アルバムでした。

花田:となると、能町さんのサブカル・デビューは大学に入ってからですか?

能町:うーん。世間一般で言うサブカルの人が必ず通る道みたいなところは、大学に入っても全然通らなかったんですよ。

花田:私もそうでした。王道みたいなものがありそうでなくて、みんな独自でサブカルという言葉を解釈していたように思います。

能町:サブカルのメインロードってどこなんでしょうね?

花田:オザケンとか松本大洋さんとかは、広く万人が通りやすいのかな? と思いますけど。

能町:私、オザケンも通ってないんですよ。ヒット曲は知ってましたけど、意識的に聴いたことはありませんでした。松本大洋さんはどうだったかな…何冊か読んではいたけど、高校の頃じゃないですね。

花田:いわゆるサブカルの範疇で全員が知ってるものってありそうでないんじゃないかと思って。同じサブカルとは括れずに、結局は細かく分かれていっちゃうものって言うか。

能町:そうですね。私が中1くらいの時、牛久の文教堂で『VOW』と出会ったんですよ。あれをサブカルと呼んでいいのかよくわかりませんけど、サブカル的なものに最初に触れたのはそれなのかなと。

花田:何がサブカルかよくわかりませんよね。『VOW』とフリッパーズ・ギターが同じジャンルなのか? っていうと違うだろうし(笑)。

能町:だいぶ違いますね(笑)。でも『VOW』みたいなものに初めて触れるのって、ちょっと新鮮じゃないですか。学校で習うようなものとは全然違うわけで。

花田:それまで知ってた笑いの質とも違いますしね。

能町:『VOW』を知った頃に吉田戦車さんの『伝染るんです。』が流行ってて、その辺りでギャグが好きになったんですよ。不条理ギャグとかが好きで、中川いさみさんの本を全部持ってたんです。…そうだ、思い出した。吉田戦車さんの本を初めて読んだのは、牛久から自転車で30分走った先に竜ヶ崎という隣町があるんですけど、そこにアイエフっていうショッピングセンターがかつてあって、その1階の本屋さんでした。

花田:そこで偶然手に取ったんですか?

能町:たまたまだったと思います。立ち読みした記憶はありますね。

花田:私、『伝染るんです。』は廃品回収で拾ったんです。

能町:そっちのほうがすごい(笑)。

花田:町内会で廃品回収の手伝いをしろと言われて、嫌々ついていくじゃないですか。そこで「あ、漫画がある」と手に取ったのが『伝染るんです。』でした。

能町:よく捨ててくれましたね(笑)。

最初は苦手でも嫌いになっちゃいけない

花田:能町さんとはほぼ同世代だと思うんですけど、当時は何しろネットがなかったので、運で勝負みたいなところがあったと思うんです。

能町:たしかに運はありますよね。

花田:私も近所のお兄さんやお姉さんといったアドバンテージがなかったので、17歳くらいまではたまたま出会ったものに委ねるしかなかったんです。18歳になってからはひたすら取り戻した部分があったと思うんですけど、17歳くらいまでは偶然出会えたもので自分のサブカル観を何とか築き上げるみたいな感じでしたね。

能町:当時はそれがサブカルだということもわかってなかったですよね。テレビの深夜番組でもちょっとだけサブカルっぽいのがあったと思うんですけど、私は中学生の頃にテレビに対して極端に興味をなくしてしまったんですよ。全然テレビっ子じゃなかったので、今も同世代のテレビあるある話に全然ついていけないんです。

花田:私もテレビっ子じゃありませんでした。私たちの世代は、お笑いで言えばダウンタウンとかナインティナイン辺りからちょっとわからなくなっちゃったんですよ。

能町:わかります。私もダウンタウンを経由してないので。

花田:ダウンタウンのあるあるネタは一個もわかりませんし。それでテレビから遠のいたのか、家族と一緒にいるのがイヤみたいな反抗期でテレビから遠のいたのかわからないんですけど。結果的に本を読むしかなくなって、『VOW』に出会うみたいな(笑)。

能町:私も小学生の頃までは普通にテレビで『ドラゴンボール』とかのアニメや野球中継を見ていたんです。ウチの父は典型的な昭和の父親で、巨人ファンで、テレビでよく巨人戦を見てまして、それにつられて私も普通に巨人を応援していたんですよ。小6までは巨人が好きでしたから。

花田:それは意外なエピソードですね。

能町:私の巨人の記憶はそこで途切れているので、私の中で巨人の4番と言えばいまだに原(辰徳)なんです(笑)。あの頃の巨人は面白かったんですよ。強かったし、選手のキャラクターも揃ってたし。私にとって巨人の打線と言えば、緒方(耕一)、川相(昌弘)、(ウォーレン・)クロマティ、原、岡崎(郁)のままです(笑)。

花田:私の知ってる巨人もそれです。クロマティはまだいますか?

能町:さすがにもういませんよ(笑)。巨人の後、中1から中2にかけては別ベクトルで相撲にハマっちゃったんです。相撲中継はめちゃくちゃ見ていたんですけど、それ以外のことに容量を割かなくなっちゃったし、特に見たいテレビ番組もなかったんですよね。ウチの両親はダウンタウンみたいなものを絶対に見ないし、クラスの同級生と話題にした記憶もないんです。そういうお笑いとかは別に面白くもないものだという先入観があったし、お笑い番組を見るようになったのは大学に入ってからでしたね。

花田:お笑いに関して言うと、私は中3の頃に電気グルーヴ的な笑いに目覚めてしまったんですよ。中高生の頃は絵に描いたような暗黒期で、「私は他の人とはセンスが違うんだ」みたいな感じだったので、余計にダウンタウン的な笑いがメジャーなもの=ダサいという図式だったんです。私はそっちじゃない、みたいな。

能町:私もそういうのはちょっとあったと思います。

花田:「相撲が好きな自分がイケてる」みたいな感覚はありました?

能町:イケてるとは思ってなかったですけど(笑)、当時の相撲は一応人気があったものの、どメジャーってわけでもなかったんですよ。少なくとも一般的な中高生が好きになるものではなかった。そこにもヘンなプライドがあったし、相撲以外にわざわざ見たいと思うものがなかったんです。電気グルーヴにもハマりませんでしたね。ただ、高校の頃からちょっと音楽に興味を持ち始めたんですよ。当時はミスチルや小室ファミリーとかが流行ってて、そういうヒット曲はある程度知ってたんですね。高校のテストが終わった後はカラオケかボウリングくらいしか行く所がなかったので、カラオケで唄うためにヒット曲を覚えていたんですけど、そういうメジャーな音楽じゃないものに多少興味を持つようになったんです。

花田:どういう音楽ですか?

能町:高校時代の自分がいちばん遠のいていた部分で言うと、エレカシのファースト・アルバムとかを聴いてました。

花田:クラスの人とは分かち合えなかったですか。

能町:まったく分かち合えなかったし、「これいいよ」とかお勧めした記憶もないです。ただ自分で借りて独りで聴いてました。

花田:どうやってエレカシと出会ったんでしょうね。

能町:エレカシがエピック・ソニーから離れて、一旦干されかけてた時期があったんですよ。その後にポニーキャニオンに移籍して、佐久間正英さんがプロデュースするようになったんです。

花田:「悲しみの果て」とか。

能町:「悲しみの果て」で再デビューして、その次の「今宵の月のように」が佐久間さんのプロデュースだったのかな。当時、「悲しみの果て」を何かで聴いてすごくいいなと思ったんですよ。ある時、雑誌か何かのエレカシの記事を読んでいたら「初期の頃は古語で歌詞を書いていた」と書いてあって、それは何なんだ!? と気になったんですね。それでスーパーのマルヤの隣のレンタル屋さんでエレカシのファーストとセカンドを借りたんです。聴いたことのある人はわかると思うんですけど、初期のエレカシはすごい怒鳴り立てるボーカルなんですよね。それが強烈すぎて、最初はけっこう抵抗があったんです。「何これ? わけがわかんない」とか思って。でも意地でずっと聴いてるうちに好きになってきたんですよ。

花田:10代の頃はそういう修行みたいな経験が大事ですよね。

能町:そうなんですよ。最初は苦手でもそこで嫌いになっちゃいけないみたいな。私はそれでエレカシが好きになりましたから。

ストーリーと言うより小ネタ集に近い

花田:テテ子はちょっと痛々しいところがあると言うか、どこか勘違いしていたり、自意識過剰だったりしますよね。それは若かりし頃の能町さんが投影されているところもあるんですか?

能町:あんまりないですね…。むしろあの頃、テテ子くらい行動的だったらなぁ…という気持ちです。本にも少し書いたんですけど、テテ子が「ボーカル以外全部募集中」とメン募のチラシに書いたのは、スーパーカーのフルカワミキさんのエピソードを下敷きにしているんです。

花田:それは知らなかったのでびっくりしました。「全パート急募」と書いたチラシを八戸の楽器屋に貼ったんですよね。

能町:そうなんです。フルカワミキさんも最初は音楽的な知識が浅くて、半分ノリみたいな感じでバンドをやろうとしたと思うんです。それで「全パート急募」のチラシを貼ったら、ソニック・ユースとかが好きな人たちが偶然にも集まったという。そのエピソードがすごく好きだったので下敷きにさせてもらったんです。連載当初はそのエピソードを使いたかったのと、決してメジャーではないけど私の好きなキャラクターをガツガツ出していこうと思っていた程度だったんですよ。

花田:読んだ方はおわかりだと思うんですが、能町さんのキャラクター愛がすごいですよね。小ネタの応酬と言いますか。

能町:むしろ小ネタしかないですね。ストーリーと言うより小ネタ集ですから(笑)。

花田:わかる人だけわかればいいみたいな突き放したところもありますけど、わからなくても「これはきっとこういうことなんだろうな」と感じながら読めるじゃないですか。子どもの頃に読んでた漫画にはそういうテイストがありましたよね。よくわからないけど、これは何かのもじりなんだろうな…とか。その感覚も懐かしかったんですよ。

能町:きっとそういうことがやりたかったんでしょうね。今の時代にこんなことをやってどこまで通じるのかわかりませんけど(笑)。

花田:この懐かしい気持ちを久しぶりに味わえましたし、こういう漫画は今の時代になくなりかけているのかなと思ったんですが。

能町:たしかにあんまりないですよね。

花田:元ネタがわかった時も楽しいんですよ。50話で中島みゆきさんの「あの娘」に出てくる女の子の名前が使われていたりとか。

能町:毎回そういう小ネタをやるためだけに描いてますからね(笑)。だからただ話を進めるだけの回を描く時は申し訳ない気持ちになるんです。誰に対して申し訳ないのかよくわかりませんけど(笑)。

花田:読者の皆様に対して?

能町:読者の皆様が小ネタを求めているのかよくわかりませんけどね(笑)。

花田:私が登場キャラの中で特に印象的なのは号泣議員と、加藤綾菜さんと加藤紗里さんのW加藤なんですよ。こんな事件あったなと思って。

能町:やっぱり忘れちゃいけない事件ってあると思うんですよ(笑)。

花田:当時はあれだけ強烈な印象を残した加藤紗里さんのことも今やすっかり忘れてるし、こうして本の中で刻み込んでいただいて良かったなと(笑)。

能町:加藤紗里さんと号泣議員は私の中でわりとメジャーな存在だったんですけど、もっとマイナーが人が1人いまして。当時からすぐみんなに忘れられるだろうなと思いながら描いた人で、私だけは絶対に忘れないぞと思って描きました(笑)。58話に出てくる山本けいという元大阪府議会の議員なんですけど。

花田:私はこの人、全然知らなかったです。

能町:この人は地元で仲良くなった中学生のLINEグループから締め出されて、「お前ら絶対に許さない!」と脅迫メッセージを送って問題を起こしたんです。ゴルゴ松本さんにそっくりなんですけど(笑)。

花田:そういうマイナーな人ばかりかと思えば「源野星」みたいなメジャーなキャラもいるし、メジャーからどマイナーまで同列に使い倒しているのがいいですよね(笑)。

能町:そうですね。いつも行き当たりばったりで描いているので、まさかこのキャラがこんなに活躍して引っ込みがつかなくなるとは…というのがあるんですよ。(本をパラパラとめくりながら)こうして見ると、やっぱり私はイタい議員が好きなんですよ。65話も議員ネタですね。内山麿我という浜崎あゆみの元カレで、あゆと別れた後になぜか渋谷区議選に立候補した人です。こんなものを描いたところで誰も喜ばないと思うんですけど(笑)。

花田:いや、そういうのは大事です。

能町:ホントに私は議員が好きなんだな。69話も金銭トラブルと買春疑惑の武藤(貴也)議員を描いてますからね。

花田:その前の68話も浪速のエリカ様(上西小百合元衆議院議員)を描いてますね。

能町:オラオラ系の秘書(家城大心)と一緒に描いてます。この頃は豊作でしたね。最近の議員はネタにしても面白くない人たちばかりだから。

すぐに古くなるものを取り上げるのがテーマ

能町:ちなみにこの連載はまだ『ルーフトップ』というロフトのフリーペーパーで続いていて、『新中野の森アーティストプロジェクト』というタイトルで、もう25回くらい描いているんです。

花田:一度終わったと見せかけて、第2部が始まっているわけですね。

能町:80回描いても話が終わらなくて、よくある打ち切り漫画みたいになっちゃったんですよ。それで主人公はテテ子のままで、舞台をバンドからラジオに変えた話を描いてます。最初のコマでは相変わらずその時期の旬の人を描いているんですけど、最近は誰を描いたかな。…そうだ、りゅうちぇるのタトゥーを描きました。りゅうちぇるがタトゥーを入れたことで世間から批判を浴びて、「タトゥーに対して偏見のある社会を変えていきたい」みたいなことを話していたじゃないですか。そこまで言うくらいの格好いいタトゥーなのかなと思って写真を見たら、残念なくらいに格好良くなかったんですよ(笑)。ハートに帯がかかっていて、そこにぺこの本名の「TETSUKO」ってローマ字が入っている何の変哲もないタトゥーで。これはもっと彫ったほうがいいはず! と勝手に思って、背中に「美幸」って文字を入れた絵を描いたんです。

花田:「美幸」というのは?

能町:鈴木おさむさんの奥さんの大島美幸さんですね。鈴木おさむさんは背中に「美幸」って彫ってあるんですよ。

花田:りゅうちぇると鈴木おさむの合わせ技なんですね(笑)。

能町:その絵に『クレイジージャーニー』みたいなロゴを入れて、やりたい放題ですね(笑)。そんな感じで内容は相変わらずです。

花田:ここまで来たら30年くらい続けて、テテ子の歩みとともに日本の歴史を振り返るみたいな作品にしていただきたいですね。

能町:いいですね。ただ仮に30年続けても、本としてはせいぜい4巻くらいでしょうけど(笑)。

花田:通しで読むと時間軸がおかしく感じるんですよね。ブームの過ぎた森ガールを扱った本や雑誌がいつまで出てたんだろうと思ったら、28話のセルフライナーノーツを読んで『森ガールLesson』というムックが2012年3月に出ていたのを知りまして。森ガールのピークはもっと昔だと思ったのに、意外と6年前だったんだなって。

能町:連載を始めた時点で森ガールは絶対に古くなると思っていたんですよ。すぐに古くなるものをなるべく取り上げるのが一貫したテーマなので、さっき話に出たイタい議員とか、SEKAI NO OWARIが共同生活をしている話とかを盛り込んであるんです。64話に出てくるテテ子たちが共同生活をしている家は、実際のセカオワハウスをネット検索して似たような家を描いたりして、けっこうムダな努力をしてるんです(笑)。そういうこともだいたいセルフライナーノーツや注釈に書いてあるんですよ。解説欄がとにかく多いので何でも書いてやれと思って、書けることはすべて書きましたから。…まぁしかし、よくこれが本になったと我ながら思いますね。

花田:ロフトブックスさんの心意気たるや、素晴らしいですね。ところで、最近の能町さんは文筆業がメインですが、漫画作品を描かれるご予定はあるんですか?

能町:依頼もないですし、特に予定はないですね。漫画って描くのが大変だし、漫画家ってすごいなと思います。『中野の森BAND』はまだ描くのがラクなほうですけど、描く時はそれなりに労力を使いますからね。

花田:ネーム的なことが大変なんですか。

能町:私は根っからの面倒くさがり屋なので、ネームを描いて、下描きを描いて、本チャンを描くって3回も作業をしたくないんですよ。『中野の森BAND』の場合は編集さんがネームをチェックすることは一切ないし、いきなり本チャンの原稿を提出して終わりですから。本当にありがたいです。

花田:では、能町さんの描く漫画はしばらく『新中野の森アーティストプロジェクト』でしか読めないわけですね。

能町:何だか『週刊少年ジャンプ』っぽいですね。「能町先生の作品が読めるのは『ルーフトップ』だけ!」みたいな(笑)。

花田:「能町先生に応援のお便りを!」とか(笑)。

能町:お便りほしいですね。『中野の森BAND』の連載中にお便りをもらったことは一度もありませんけど。「なんであのキャラをもっと出してくれないんですか?」とか、まったくないです(笑)。

花田:稲毛田のファンから「AV男優にするなんて酷い! 私の稲毛田君を汚さないで!」と怒りのお便りが届いたりして(笑)。

能町:本にも書いたんですけど、稲毛田という名字は弟の同級生から取ったんですよ。サッカーをやってる子で、全然いじめられるタイプじゃなかったんだけど、5話にもあるように実際に「チンゲダ」と呼ばれていたんです。それが忘れられなくて稲毛田と名づけたんですよね。全国の稲毛田さんには申し訳ないんですけど(笑)。

ここまでふざけた本は他にない

花田:文筆業のほうは年内にまた作品が出ますか?

能町:校了を終えたのが2冊あります。『週刊文春』の「言葉尻とらえ隊」という連載を3年半分まとめた『文字通り激震が走りました』が11月の頭に出て、11月の下旬には小説が出ます。

花田:書き下ろしですか?

能町:いや、連載をまとめたものです。『小説幻冬』という幻冬舎が出してる文芸誌に連載していた『おゆうぎの部屋』という小説で(書籍は『私以外みんな不潔』と改題)、恥ずかしいんですけどカバーに初めて自分の写真を使ったんです。自分の写真と言っても、3歳の時の写真なんですけどね。

花田:どんな話なんですか?

能町:自分の中では5歳の私小説がテーマなんです。それなら5歳の写真を使えよって話ですけど、3歳の写真の出来が良かったもので(笑)。

花田:具体的にどんなことが書かれてあるんでしょう?

能町:5歳の時の私は人のことが本当に嫌いだったんですよ。友達らしい友達もいなくて、それを寂しく感じることもなく、むしろ人のことをすごく邪魔だなと思っていたんです。親が「この子と仲良くしてね」と誰かと引き合わせるのを本気でウザいと思ってたし、その頃の人を受けつけない気持ちを書いてみたんです。

花田:5歳の自分をテーマに起承転結で語るとは面白そうですね。

能町:どうなんだろうな…。ネットはリアルタイムで感想が来るけど、雑誌はそうもいかないじゃないですか。あの小説をどう受け止められているのか謎ですね。

花田:『お家賃ですけど』も私小説に近い形でしたよね。あの作品もすごく面白くて事あるごとに誰かに勧めてるんですけど、感動させようって感じでもないし、ほっこりでもないし、飄々とした語り口なのにググッと入り込んでしまうんですよね。そういうタッチの本がまた読めるのかと思うと楽しみですね。

能町:『お家賃ですけど』とはまたちょっとテイストが違うんですけどね。とにかくみんなことが嫌いでしょうがないっていうのがテーマですから。ただ自分でもよく書けたなと思うのは、食事がどれだけ嫌いかってところですね。そこはかなり自信を持った書き方をしました。

花田:5歳くらいの頃はまだちゃんと人権を持たせてもらえないと言うか、友達はいたほうがいいに決まってるとか、「お友達と遊ばないとダメだよ」とか親に言われたりしますよね。

能町:5歳って意外と自意識があって、私の場合はすさまじくプライドが高かったんです。自分のことを大人だと思ってたし、子どもだという自覚はありつつも、大人が考えているほど子どもじゃないと思ってました。同じ幼稚園の子たちは全員バカに見えたし、そういうイヤな感じの子どもを書きたかったんですよね。

花田:ネットで連載されている『結婚の追求と私的追究』も本当に面白くて、あれもいつか良い読み物として世に出そうな気がしているのですが。

能町:今のところはどうなることやらですけどね。

花田:能町さんの文章はクスッと笑わせてくれるところがあってすごく面白いし、飄々としたスタンスで核心をつくみたいなイメージがあるんです。『オカマだけどOLやってます。』ではユニークな語り口でマイノリティの在り方を書かれていたし、『くすぶれ!モテない系』ではニュートラルな視点でフェミニズムの問題に接していたと思うんです。社会的少数派として攻撃的になるわけでもなく、被害者ぶることもなく、そんな次元を軽く突き抜けた視点と言いますか。それは意識していることなのか、それとも無意識なんでしょうか。

能町:ある程度は意識してますね。エッセイを書く時はいつも真ん中のスタンスを出したいとは思ってます。『中野の森BAND』はまたちょっと別で、だいぶ特殊なケースですけどね(笑)。仮に散歩の話を書くにしても、ただ単に散歩の面白さを書くだけではなく、どこか新しいものにしたいんですよ。言葉にすると平凡かもしれませんが、今までにないものを書きたいといつも思っています。なんでみんなやらないんだろう? ってところを一応やってるつもりなんですけどね。

花田:今までにないものと言えば、『逃北〜つかれたときは北へ逃げます』もそうですよね。別に暗い旅でもいいんじゃない? っていう本はそれまであまりなかったと思いますし。旅の本って、失恋して出向いた先で気持ちが前向きになるみたいにまとめがちですけど、『逃北』はそこにアンチを突きつけたと言うか、現実逃避として北へ逃げたっていいじゃんみたいな感じじゃないですか。

能町:ありがとうございます。いま思い出したどうでもいい話なんですけど、「逃北」で検索すると北朝鮮から逃げた人たちのことがいっぱい出てくるんですよ。「逃北」は中国語で脱北者のことなんです。『逃北』という本のタイトルは私が考えたんですけど、そういう意味もあるから最初はどうしようかと編集さんと相談したんですよね。でもここは日本だから別にいいかなと思って押しきったんです。『逃北』以外にいいタイトルが思いつきませんでしたし。それに比べて『中野の森BAND』というタイトルは何も悩むことなく決めましたね(笑)。

花田:中ノ森BANDから取ったんですよね?

能町:森ガールから連想して森バンドというワードがまずあって、そう言えば中ノ森BANDっていたなと思って。中ノ森BANDもみんなすぐに忘れるだろうと思って『中野の森BAND』にしたんです。最近、本が出て、ツイッターでエゴサーチしようと思って「中野の森」で検索したら、中野区にある平和の森公園がオリンピックに潰されそうだというすごい真面目な記事が出てきたんですよ(笑)。それもまた申し訳なく思っちゃって。

花田:公園の近所に住む中野区民の人たちが検索したら『中野の森BAND』のことが出てきたりして。公園の樹木伐採に怒りの声を上げている人たちにもぜひ読んでほしいですね(笑)。

能町:そうですね、気持ちを和ませるためにも(笑)。あと、中野の書店さんが何を勘違いしたのかこの本を200冊くらい注文してくれたらしいんですけど、中野のタウン情報は1ミリも描いてないんです。それもまた申し訳なくて(笑)。ちょっとだけかすっているのは、カンニング竹山さんが中野に住んでいたのは事実です(32話参照)。竹山さんが売れる前に不動産屋さんでバイトをしていたので、ああいう形で描いてみました。

花田:そんな細かいところまで小ネタを挟むとは(笑)。

能町:しょうがないですね、小ネタしかない本なので(笑)。

花田:そんな能町さんのおふざけが味わえる本はこれ以外出てないし、貴重ですよね。

能町:貴重ですね。ここまでふざけた本は、この本の2巻まで出ることはないと思うので(笑)。

*Rooftop2018年12月号掲載

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