アーセナルとトッテナム、両方で活躍した勇気ある9名のスター選手

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2日に行われるノースロンドンダービー、アーセナル対トッテナム。両チームともに今季も上位をキープしており、お互いに首位を狙うためには勝点3が欲しい一戦だ。

DAZNでも放送される注目の試合を前に、この激しいライバル関係を持つアーセナルとトッテナム両方のクラブで活躍したという貴重な選手を特集しよう。

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ソル・キャンベル

  • トッテナム所属:1992~2001年
  • アーセナル所属:2001~2006年、2010年

近年で最も有名なトッテナム→アーセナルの選手としては、やはりこのソル・キャンベルだろう。圧倒的なフィジカルを武器に、この2クラブで14年を過ごした。

もちろんハイバリーでは「インビンシブルズ」の一員として無敗優勝を経験。その後ポーツマスへと移籍し、ノッツ・カウンティでの短期所属を経て、2010年に少しだけアーセナルに戻っている。

デイヴィッド・ベントリー

  • アーセナル所属:1997~2006年
  • トッテナム所属:2008~2013年

かつては『NEXTベッカム』とも呼ばれた、アーセナルアカデミー出身のアタッカー。しかし、レンタル移籍を繰り返した後、2006年にブラックバーンへと移籍した。

そこで活躍した彼は2008年にトッテナムに引き抜かれた。いくつかの素晴らしい瞬間も見せ、イングランド代表にも選ばれたが、怪我もあって失速。サッカーへの愛を失い、29歳で現役を離れている。

パット・ジェニングス

  • トッテナム所属:1964~1977年、1985~1986年
  • アーセナル所属:1977~1985年

イングランドサッカーの歴史上最高クラスのゴールキーパーとして知られるジェニングスが活躍したのは、トッテナムとアーセナルだった。

トッテナムでは590~591試合(諸説あり)、アーセナルでは327試合に出場。旧ホワイト・ハート・レーンには「パット・ジェニングス・ラウンジ」が設けられており、ファンと交流することもあった。

フレディ・コックス

  • トッテナム所属:1938~1949年
  • アーセナル所属:1949~1953年

名ウインガーとして知られたフレディ・コックスは、ノースロンドンの両チームで長い時間を過ごした選手の一人だ。トッテナムで99試合15ゴール、アーセナルで79試合9ゴールを決めたレジェンドである。

第2次世界大戦では空軍の名パイロットとして活躍し、その後サッカーでその才能を見せつけた。現役引退後は指導者になったが、1970年を最後にサッカー界から離れ、1973年に52歳という若さで死去している。

ジミー・ブレイン

  • アーセナル所属:1924~1931年
  • トッテナム所属:1931~1935年

1900年生まれの名ストライカー、ジミー・ブレイン。アーセナルでは204試合に出場し125ゴール、全公式戦では232試合139ゴールという記録を残している。

なお、この記録はティエリ・アンリ、イアン・ライト、クリフ・バスティン、ジョン・ラドフォードに次いで、アーセナルの最多得点者ランキング5位に入っている数字だ。30代になってから所属したトッテナムでも45試合で10ゴールを決めている。1971年に死去。

ウィリアム・ギャラス

  • アーセナル所属:2006~2010年
  • トッテナム所属:2010~2013年

ロマン・アブラモヴィッチ体制初期のチェルシーで様々なポジションをこなせるために重宝されたフランス人DF。2006年からはアーセナルで、そして2010年からトッテナムでプレーし、ロンドンの強豪をコンプリートした。

アーセナルでは101試合で12ゴール、トッテナムでは61試合で1ゴールという成績を残している。オーストラリアでプレーした後現役を引退した。DFでありながら背番号10を付けたことでもお馴染み。

エマニュエル・アデバヨール

  • アーセナル所属:2006~2009年
  • トッテナム所属:2012~2015年

トーゴ出身のエキセントリックなストライカーが世界に名を轟かせたのはアーセナル時代だ。モナコではスーパーサブの役割が多かった彼であるが、2006年にアーセナルへとやってきて活躍を見せ、弱小トーゴをワールドカップの舞台へ導いた。

2009年に退団した後はマンチェスター・シティに移籍し、アーセナル戦でのゴールから「膝滑り」で古巣ファンを激怒させた。トッテナムには2012年に加入し、2015年に契約解除で退団している。

ローリー・ブラウン

  • アーセナル所属:1961~1964年
  • トッテナム所属:1964~1966年

プロ転向前に1960年のオリンピックへ出場した経験を持つ。ノーザンプトン・タウンで大きな活躍をしたストライカーだったが、アーセナルではセンターバックで起用されていたとか。その後トッテナム・ホットスパーでは中盤もこなしたという。

アーセナルでは109試合出場2ゴール、トッテナムでは65試合出場で3ゴール。1998年に死去している。

ジミー・ロバートソン

  • トッテナム所属:1964~1968年
  • アーセナル所属:1968~1970年

スコットランド代表経験を持つウインガー。デイヴィッド・ジェンキンスとのトレードによってトッテナムからアーセナルへと移籍している。

アーセナルでは7ゴールしか決めていないが、ノースロンドンダービーで両チームにゴールをもたらした選手はアデバヨールと彼の2名だけ。貴重なレジェンドだ。