eスポーツ、五輪採用は? バッハ会長が狙う次の一手

野球ゲームで対戦する「eスポーツ」プロリーグの開幕戦=11月10日、東京都渋谷区

 コンピューターゲームの腕前を競う「eスポーツ」が五輪に採用される日は来るのか。ゲームはスポーツかという根強い疑問の声もある中、今夏のジャカルタ・アジア大会では公開競技として実施され、若者人気とビジネス市場拡大で注目度はうなぎ上りだ。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(64)=ドイツ=は「対話」を重視する改革派のリーダーであり、新時代の五輪改革へ次の一手があるのか注目される。 (共同通信=田村崇仁)

対話のドア

 「eゲーム産業の成長は無視できないし、若い世代に魅力もある。五輪に入れるかどうか話をするのは時期尚早だが、対話のドアは開けたままにしておく」。バッハ会長は東京で開かれた1日のIOC理事会後の記者会見で現状を説明した。

 自転車やモータースポーツを例に挙げ「eスポーツの活動がトレーニングの一部になった場合、一歩先に進めることができるかもしれない。現実社会のスポーツにかなり近いところもある」とも指摘。9月にジャカルタで応じた共同通信のインタビューではeスポーツ市場を「5年、10年後が予想できない。まさに移行期」とした上で「暴力や差別的なテーマは五輪の価値に相反するが、仮想現実(VR)の世界を体現して身体活動を伴うゲームになれば、五輪運動とスポーツにもっと近づく」との見解を示した。12月にはスポーツ関係者が集う「五輪サミット」でも議論する予定だ。

共同通信のインタビューに応じるIOCのトーマス・バッハ会長

背景に危機感

 華やかな五輪の舞台も前途に不安を抱え、改革を急ぐ背景には危機感がある。招致熱は冷え込み、札幌市が撤退した2026年冬季五輪招致レースは七つの候補が当初名を連ねたが、相次ぐ撤退で残ったのが2候補。フェンシング五輪金メダリストの同会長は5年前の就任時から「柔軟性と行動力がなければ改革は期待できない」と繰り返し、東京五輪でも開催都市が追加種目を提案できる画期的な新方式を取り入れ、野球・ソフトボールや空手など5競技18種目の採用につなげた。

 「君の目は右が野球ボールで、左がソフトボールに見えるな」。一時期、野球・ソフトボールの質問ばかりした筆者が顔を合わせると、冗談交じりにからかわれたこともあるが、スケートボードなど若者人気の都市型スポーツも実施し、五輪の競技に「伝統と革新の融合」を推し進めて新風を吹き込もうとしている。

ゲーム障害は病

 8月、ロンドンで開かれた国際サッカー連盟(FIFA)主催のワールドカップ(W杯)で世界一に輝いたのは、18歳のサウジアラビアの少年だった。優勝賞金は25万㌦(約2800万円)を獲得。これも対戦型サッカーゲームで争うeスポーツの大会「eW杯」だ。

 スポーツとゲームの連携強化は国際的な潮流で、欧州の人気サッカークラブはeスポーツのチームを展開して国際大会に参加。米プロバスケットボールのNBAもリーグをスタートさせた。

 国内でもJリーグはeスポーツへの参入で今春に大会を初開催し、19年茨城国体の文化プログラムでは都道府県対抗大会が開かれる。近年は世界で年間億単位(円換算)の高額賞金を稼ぐトッププロも登場。IOCの公式協賛企業でも中国の電子商取引(EC)大手アリババグループ、米半導体大手インテルなどがeスポーツの将来性に関心を示しているという。

「東京ゲームショウ2018」で行われたeスポーツの国際親善試合でプレーする日本代表=9月20日、千葉市の幕張メッセ

 一方、世界保健機関(WHO)はオンラインゲームをし過ぎて正常な日常生活ができなくなる「ゲーム障害」を新たな疾病として認定。早稲田大の友添秀則教授(スポーツ倫理学)は「青少年の健康を害する影響も指摘され、身体活動を通して競争するスポーツ本来の価値、本質を壊す可能性がある」と懸念する。

 国際パラリンピック委員会(IPC)のパーソンズ会長は「障害や年齢の壁もなく参戦できる。初期段階だが、新たな時代の動きとして注視している」と受け止め、慎重に議論を始める構えだ。

 東京大会の次の夏季五輪となる24年パリ大会で追加種目に加わる可能性は低いが、公開競技として実施される可能性も出ている。バッハ会長は「さまざまな利害関係者がおり、非常に複合的で複雑な分野。現時点ではハードルがまだ多い」と語るものの、日本で人気の野球・ソフトボールや空手を加えたように、周囲をあっと驚かせる腹案を練っているかもしれない。

 eスポーツ エレクトロニック・スポーツの略。パソコンゲームや家庭用ゲーム機などを使った対戦をスポーツと捉える。チームに分かれて陣地を取り合うゲームや格闘ゲームなど種目はさまざま。観客は競技会場の大型モニターやインターネット中継などで観戦する。ジャカルタ・アジア大会では公開競技として実施され、サッカーゲーム「ウイニングイレブン」で日本チームが優勝した。五輪・パラリンピックの種目に採用を模索する動きもある。

ジャカルタ・アジア大会の公開競技「eスポーツ」の人気サッカーゲーム「ウイニングイレブン」で優勝し、笑顔で金メダルを手にする杉村直紀選手(右)と相原翼選手=9月1日、ジャカルタ(共同)

 トーマス・バッハ氏 76年モントリオール五輪のフェンシング男子フルーレ団体で金メダル。81年IOC選手委員会発足時メンバーとなり、91年にIOC委員就任。96年に理事に初当選し、副会長などを歴任。IOCを法務委員長など実務面で支え、13年9月に第9代会長に選ばれた。元ドイツ・オリンピック委員会会長。ビュルツブルク出身。弁護士。64歳。

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