豊胸充塡剤・・・その合併症の実態とは? 被害相次ぎ、学会指針作成へ

充塡剤「アクアリフト」による豊胸術後、合併症に苦しんだ経験を語る30代女性=11月中旬、東京都内 右は充塡剤豊胸術の健康被害例

【特集】

 美しいバストを求め大金をはたいたが、待っていたのは痛みと苦しみ、後悔だった―。ジェル状充塡剤を乳房に注入する豊胸術を受けた女性に感染症やこぶの発生といった合併症の健康被害が相次いでいる。医療機器による被害を世界規模で調べる国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の新プロジェクト「医療機器ファイル」に参加する共同通信などの取材に、日本国内の複数の女性患者や形成外科医らが証言。日本美容外科学会(JSAPS)が実施した調査でも回答した医師132人の半数超が被害を訴える患者を診た経験があると答えた。こうした状況を踏まえ、JSAPSは使用自粛の指針を策定する方針で、充塡剤を注入した女性に専門的な医療機関で健康診断を受けるよう呼びかけている。

(共同通信=特別報道室・平野雄吾)

 「自殺考えた」

 「自然なやわらかさ」「手軽にバストアップ」―。子どもを母乳で育てた後、乳房の下垂に悩んでいた30代女性がネット広告に目を引かれたのは17年夏だった。美容クリニックでのカウンセリング時間は約5分。「最近はやっている」「気に入らなければ簡単に取り出せる」。医師や女性スタッフはメリットを強調するが、詳しいリスクの説明はなかった。カウンセリング後はローンを組んで100万円超の契約、その日のうちに施術し、ウクライナ製とされる充塡剤「アクアリフト」を両胸に計400ミリリットル注入した。局所麻酔をして注入に要した時間は5分程度、クリニックを訪れてから帰るまで約2時間で全て終了した。

「こんなことしていいのだろうかという思いもあったけれど、これで自信を持って生きていけると思った。悩みが解消されてうれしかった」と振り返る。

 事態が一変したのは約10日後。仕事中、右の脇の下に痛みと冷たさを感じ、見てみると5ミリ程度の注入口からうみと黄色くなった充塡剤が出てきていた。うずくような痛みと乳房内の異物感、微熱も発生。クリニックへ行くと、担当医は「感染症を起こした」として洗浄し抗生剤を処方した。3日ぐらいで感染は落ち着いたが、「事前の説明で感染症なんていう話はなかったから恐くなった」という女性は不信感と恐怖心からアクアリフトの除去を依頼、だが担当医は言った。「やったことがないからできない」

 別のクリニックで昨年末、約100万円を再び支払い除去手術を受けたが、全ては取り切れず、完全除去を求め病院を探す日々が始まる。「美容の後遺症は見ない」と断る病院も多く、回った病院は10施設に上る。途方に暮れて施術を受けたクリニックに再度行ったが、「胸を大きくしたいと言ったのはあなただ。自分勝手だ」と突き放された。ネット掲示板で情報提供を求めると「自殺しろ」「自業自得」との反応。「早く取りたい一心だったけれど、どうしてよいか分からなくて本当に自殺しようかと思った」と胸の内を明かした。最終的に完全除去できる東京の大学病院が見つかり、年内にも手術予定という。「安易な気持ちで施術を受けたことは本当に反省している。充塡剤の怖さを知り、後悔しかない」

 半数超の医師が合併症経験

 JSAPSは今年6~7月、日本形成外科学会やJSAPSに所属する形成外科医3874人にメールでアンケートを実施、132人が答え、うち72人が「合併症を発症した患者を診たことがある」と回答した。「合併症を発症した患者を診たことがある」と回答。合併症は108症例でこぶが44%で最も多く、感染症22%、皮膚変化8%などが続いた。

 注入されていたのは計83症例。チェコ製充塡剤「アクアフィリング」が24%で最多だったほか、ヒアルロン酸系17%、シリコーン系17%、「アクアリフト」7%などが挙げられた。形成外科医でも乳房を扱う医師は多くないため、回答者は少なかったという。

 JSAPSの大慈弥裕之理事長(福岡大副学長)は「回答者の半数以上が合併症を経験していて驚いた」と話し、「自由診療の美容医療では未承認で安全性が担保されていないものでも使われている」と指摘した。アクアフィリングやアクアリフトなどは人体に吸収されない「非吸収性充塡剤」。JSAPSはこうした充塡剤を「長期的な安全性が確認できていない」として全国の美容クリニックに使用自粛を求める方針だ。同時に、厚生労働省にも対応を要請するという。

 一方、アクアフィリングを製造、販売するチェコのマトリックスセル社は取材に対し「健康被害は製品の問題ではなく、医師が適切に使用していないためだ。(欧州の安全規格である)CEマークを取得している」と文書で回答した。

 授乳できず

 充塡剤注入直後ではなく、しばらくたってから合併症が発生することもある。2016年にアクアフィリングを両胸に計100ミリリットル注入した20代女性は約1年後に出産し授乳を始めると、体内に異変を感じた。「頭痛と共に右胸が痛み続け、かちかちに硬くなった。熱は40度まで上がった」と振り返る。乳腺炎とみられ、産婦人科での抗生剤の処方や助産師によるマッサージを受けていたが、痛みが和らぐことはなく「意識がもうろうとして死ぬんじゃないかと思った」。施術を受けた美容クリニックでアクアフィリングを取り除く手術を受けたが、全てを取り除くことができず、その翌日、千葉県柏市の東京慈恵会医大柏病院で再度、手術を受けた。異変を感じてから約2週間。「腕が上がらないほど痛くて着替えもうまくできないし、手術の関係書類へのサインもできなかった。前かがみにならないと痛くて歩けなかった」という。全身麻酔でうみとジェルを摘出。担当した森山壮医師によると、乳房内の筋膜は溶け、ジェルは周囲と結合、母乳からメチシリン耐性ブドウ球菌(MRS)を検出した。「乳腺炎を契機に感染した。人工物が入っていることで感染が悪化した」と森山医師。「アクアフィリングは『授乳でのリスクはない』とうたわれているが、本当にそうだろうか」

 まだ経過観察が必要だという女性は「施術前、美容クリニックで授乳に問題ないと言われたが、母乳で育てられなくなった。安易に注入したが、後悔しかない」と強調。第2子が生まれたとき、母乳をあげられるのか―。今も不安が残る。

 異物注入の歴史

 日本では、充塡剤による豊胸術は戦後、1950年代から始まったとみられ、当初はパラフィンやシリコーン、ワセリンなどが使用された。こぶや感染症のほか、組織の壊死などの合併症が問題化、医師の技術の問題もあり、中には死亡事案も発生、そのたびに新たな素材が登場した。JSAPSの大慈弥理事長は「豊胸の歴史は異物注入の歴史」とさえ言う。最近では中国で1990年代以降利用された充塡剤「アメージングジェル」。有害性が指摘されるポリアクリルアミドが含まれ、血腫や感染症が相次ぎ、中国当局は2006年、使用を禁止した。

 JSAPSの調査によると、2017年に全国で約1万1500件の豊胸術が実施され、半数近くがジェルを注入する施術。腹部など自分の体の脂肪を移植する方式が約3割、シリコーンバッグの埋め込みが約2割だった。国際美容外科学会(ISAPS)によれば、欧米諸国ではシリコーンバッグの埋め込みが豊胸術の大半を占めている。「日本人は欧米人と比べ、自らの体にメスを入れることを嫌う傾向がある」。ある美容外科医はそう背景を解説、充塡剤による豊胸術は手頃で低価格なことも広がった理由とみられる。充塡剤の大半は人体に吸収されるヒアルロン酸系だが、JSAPSが問題視するアクアフィリングやアクアリフトなどの非吸収性充塡剤も含まれている。

 こうした非吸収性充塡剤については、製品の品質に問題がなかったとしても注入すること自体のリスクを指摘する声が相次ぐ。「充塡剤でもシリコーンバッグでも体内に人工物を入れると、免疫細胞が排除しようとするので炎症など様々な異物反応が生じる」と話すのは日本医大病院形成外科の野本俊一医師。「清潔が保たれないと、皮膚の常在細菌などが入り込み感染症を起こすこともある。異物には血流がないため抗生剤が効きにくく、感染が悪化しやすい」と警鐘を鳴らす。また、自治医科大の吉村浩太郎教授は「安全性のポイントは問題発生時に簡単に除去できるかどうかだ。固体のバッグに比べ、ジェルは散らばりやすく全量摘出が容易ではない」と指摘。「人体に吸収されないため乳房増大の効果は持続するが、どんな物質であれ非吸収性充塡剤の使用はやめるべきだ。安全性と有効性は相いれない」と強調した

 米国では、食品医薬品局(FDA)が乳房へのジェルのような充塡剤注入をどんな商品であれ禁止している。また、フランス当局はヒアルロン酸系充塡剤を禁止するなど、充塡剤を巡る対応は各国で異なる。日本では自由診療の場合、厚生労働省の承認がなくても医師が個人輸入し合法的に使用でき、厚労省は輸入量さえ把握していない。海外発の新商品が次々と流入しているとみられ、JSAPSには「日本が実験場にされている」(大慈弥理事長)との危機感がある。

厚生労働省で記者会見する日本美容外科学会(JSAPS)の大慈弥裕之理事長(左)ら=2018年11月27日、東京都千代田区

 米ではシリコーンバッグでトラブル

 乳房への充塡剤注入が禁止されている米国では、主流なのはシリコーンバッグの埋め込みだ。だが現在、美容目的の豊胸術と乳がん後の乳房再建で埋め込まれたシリコーンバッグによる健康被害が多数報告されている。バッグ埋め込み後の患者の体調不良について、医療機器メーカーや医療従事者、患者本人からFDAに報告があった件数は18年上半期で約8300件。中にはがんの一種であるリンパ腫の発症や、自己免疫不全となり腕のむくみなどを訴えた女性もいる。ICIJはこうした事例を取材した。

 「シリコーンが危険だというのは過去の話だ。安全性に問題はない」。乳がんで左胸を切除した米ミシガン州デトロイトに住むローラ・ディカラントニオさんが13年12月、アイルランドのアラガン社製シリコーンバッグを埋め込んだきっかけは医師による楽観的な説明だった。だが、手術から2年半が過ぎると、左胸が腫れだし、腕のむくみや口が閉めにくくなる症状が出てきた。疲労感に襲われるのも度々で、ソファで過ごすことが増えたという。

 今年2月に受けた超音波検査でバッグが体内で破れている疑いが浮上、5月に摘出手術を受けた。体内から出てきたバッグの写真を見て「油で揚げた後、トラックにひかれた感じだった」と驚く。摘出後、体の不調はほぼ回復した。

 こうした自己免疫不全に関し、米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターの研究者がバッグと関連があるとの研究結果を今年9月に発表。一方、FDAはICIJの取材に対し、十分な科学的な根拠はなくさらなる研究が必要だと回答した。また、アラガン社は「製品の安全性は証明されている」としている。

 リンパ腫の発症を巡っては、米国形成外科学会によると、「ブレスト・インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫」(BIA-ALCL)と呼ばれ、乳房の膨張やこぶで発症が分かる。見つかる時期はシリコーンバッグ挿入後平均8年という。今年7月までに米国内で230例、世界では570例が確認されている。シリコーンバッグには表面がざらざらしたタイプとつるつるしたタイプがあり、BIA-ALCLは前者のタイプで発症している。

 日本では、乳がん手術による乳房切除後の再建でアラガン社製バッグを使う場合のみ保険が適用される。同社日本法人によると、現在販売しているのはざらざらしたタイプだけだが、日本国内でBIA-ALCLの発症は報告されていない。日本乳房オンコプラスティックサージェリー学会や日本乳癌学会、日本形成外科学会は、医師に症例報告の協力と患者へのBIA-ALCLの可能性の説明、定期的な自己検査をするよう求めている。

 相談できず

 JSAPSの大慈弥理事長は11月27日、厚生労働省で記者会見し、アクアフィリングやアクアリフトなどの非吸収性充塡剤を豊胸術に使うべきではないとのJSAPSの見解を発表した。「長期的に問題が出てくる可能性があり、国際的には標準治療ではない」とも強調、「施術を受けた患者は専門の医療施設で健康診断を受けてほしい」と呼びかけた。

 「豊胸に引け目を感じる人は多く、被害を訴える声は広がりにくい」。アクアリフト豊胸を受けた30代女性は強調する。自身、なかなか夫にも打ち明けられなかったといい、美容クリニックが施術後のトラブルに真剣に対応しなかったと非難、「そうした女性の弱みにつけ込んでいる」と指摘した。

 「医師が患者にリスクを十分に説明し、同意を得なければならない」と話すのは日本医大病院の野本医師。「どんな医療でも想定外は起こり得る。健康被害が生じた際の適切なフォローが必要だ」と訴える。一方で、「美容医療はビジネスだ。分かっていてもリスクを強調しすぎれば、患者は来なくなる」(都内の美容外科医)との声もある。30代女性は、完全除去できる病院を探し求めた日々を振り返り、「きちんと相談できる窓口がほしかった」と強調し、こう付け加えた。「充塡剤の怖さを知ってほしい。これから施術を受けようと考えている人に『後戻りできなくなるから安易に考えないで』と伝えたい」

 今回の取材は、世界的に医療機器による被害の実態を調べた「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)の調査の一環として、日本から参加する共同通信、朝日新聞、NHKが合同で実施した。

 ICIJは豊胸術をはじめ、埋め込み型医療機器などの健康被害やトラブルを取材しています。情報や感想があれば、下記までお寄せ下さい。

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