血と雫「このメンバーでしかありえない歌、その新境地そして変わらないもの」

血と雫の新章

──前作『雲を掴む』から4年のブランク…。

山際英樹(以下、山際):4年も経った?

──はい。その前作は“第一期集大成”と銘打たれていました。そうすると今度のアルバムからは“第二期”ということに…。

森川誠一郎(以下、森川):具体的に第一期、第二期っていうふうに、意識して分けてることはないんですけれども。『雲を掴む』まではまずコンセプトが先にあって。1stから3rdまで、年に1枚コンスタントに出すっていう構想は1stの時点からあったんで。だから楽曲を作り込むとか、そういうプロセスを経て収録したモノではなく、その場に集まって出た音を収録したってコンセプト。で、その過程で作っていたのが3作で、今作は、そういう作り方とは違う作り方をした…っていうことですかね、大きな違いは。

──それは具体的には…?

森川:たとえば以前のコンセプトですと、僕と山際さんでアレンジした曲を、スタジオ…北海道に行って、そこで幾郎さんと合わせていきなり録音。だからその曲を唄うのもほぼ初めてに近い状態。もちろんライブで演奏なんかしてない…っていう状態でずっと続けていたんですけれども。今回は、何回かライブで演った後にレコーディングをしてるというのがある。かつ、アレンジをし直したり補足したり…そういった、いわゆる一般的な“音楽アレンジ”っていうことを初めて行なっているアルバム。

山際:最初に録音した時は、ヒゴさんはいなかったんですよ。

森川:ヒゴさん参加前の、3人のテイクもあるんですよ。それを全部ボツにして録り直したり。3rdまでのコンセプトだったらそこまでは絶対してなかった。だから4年もかかってしまった。

──ヒゴヒロシさん参加の経緯は?

森川:もともと3人のバンドだったんですけど、それはベーシストが不要だったワケではなくて。“一緒にやりたい人”っていうのがまず第一にあるんですよね。まず一緒にやりたかったのが、山際さんとやりたかった。で、高橋幾郎さんとやりたかった…っていうのが基盤にあるんで。もしその時に一緒にやりたい人がいれば…サックスでもバイオリンでもなんでもいいんですけど、たぶんその人も入ったと思うんです。だからベースがいなかったのは、ベーシストで一緒にやりたいって人がいなかったというだけなんです。で、ヒゴさんというのは、この人だったら一緒にやりたいなぁと思った。

──演奏にはヒゴさんが参加してますけど、バンドとしての血と雫は3人のまま。

森川:そうですね。今回のアルバム、全曲ベースが入ってるワケでもなくて。適材適所というか。

タイトルの意気込み

──で、新作『その雫が落ちないことを祈る』ですけど。コレは血と雫のバンド名の、フランス語部分(“je prie pour que la goutte ne tombe pas”)の日本語訳っていう。

森川:はい。デビュー・アルバムにバンド名が付くような、そのニュアンスですかね。

──その点では1stアルバムが『血と雫』っていうタイトルで、今回もセルフ・タイトルみたいな。

森川:そうですね。

──1stアルバムが『血と雫』っていうのは、ある意味名刺代わりみたいなことだったと思うんですけど、今回4作目のアルバムに改めてバンド名を持ってくるっていうのは、それなりの意気込みが…。

森川:はい。さっきも言ったように、初めて、楽曲に対する意識をちゃんと持った状態で作れた作品で。「コレを自分たちの代表作にしないでどうするんだ」っていうところがある。

──制作はいつどこでやったのですか?

森川:一番最初は大塚のオレンジスタジオで。もうなくなりましたけど。

山際:曲作りはデータのやり取りで。で、大塚のスタジオで森川と二人でやって。

森川:で、北海道に行って、1stからずっとやってもらってる、リチャード・ホーナーっていうエンジニアがいるんですけど、彼のスタジオに行って、幾郎さんを交えて…。

山際:そこまでは3枚目と同じパターン。

──アルバムの制作期間自体はどれぐらいになるんですか?

森川:途中で中断もしてて、毎日作ってたワケじゃないんで、実数にしたらちょっとわかんないですけど。2年半ぐらいですかね。途中で、レコーディングに参加してたフルート奏者の木村昌哉さんが亡くなってしまったっていうこともあり…彼がまだ元気だった頃のテイクを使えれば良かったんだけど、ちょっと叶わなくて。かと言ってそれを丸々ボツにするのは忍びないんで、部分的に抜き出して、エディットして入れたりしてる。

──以前のインタビューで、森川さんがメロディと歌詞を作って持っていって、メンバーの反応で全然違ったモノになるっていうお話が。今回のプロセスは、ヒゴさんも含めてそういった…?

森川:楽曲の初期状態にヒゴさんはいなかったんで、そこまではいってないと思いますけどね。他のメンバーに関しては同じだと思います。そういうこともあって、やっぱりこの3人が基本メンバーになってるっていうのはあると思う。

バンドのすべてが凝縮された「パトス」

──アルバムの中身の方なんですけど。1曲目の「パトス」…最初からハイライトですね。

森川:うん。「パトス」はそもそもバンドの成り立ちにある“血と雫”という言葉であったり、“その雫が落ちないことを祈る”そういったモノが詞の中にすべて凝縮されてるんで。

──入魂・必殺のギター・ソロが…。

山際:そんな力は入ってないですけど(笑)。

森川:山際さん、ギター・ソロ、レコーディングの時はほぼ一発ですからね。

山際:ギター・ソロは一発です。何回もやるとね、新鮮味が薄まるような…。

──“パトス”っていうのは、一般には感情とか情熱と訳される…。

森川:ロゴス、パトス、エートスっていう言葉があって、まぁちょっと哲学的なんですけど。その単語を各々で引いて、調べてもらえたら「なるほど」って…僕が言うよりも、各自が理解してくれるんじゃないかと。

──ギター・ソロの途中からオルガンも入ってきますけど。アレは誰がやってるんですか?

森川:僕が弾いてる。

──アレがまたカッコいいですねぇ。

森川:ありがとうございます。オルガン・ソロは3テイクぐらい弾いたと思う。

──この曲、8分半ありますよね。

森川:1stテイクは10分ぐらいあったんですけど、最終的に収録したテイクはみんなの熱がすごい上がってるぶん、2分ぐらい縮まりましたね。

──1曲目から本当に、掴まれるというか。曲順と録った順は違うんですか?

森川:曲順は考えましたね、けっこう。「パトス」が1曲目っていうのは、最初のコンセプトの時にあったんですけど。その他の曲っていうのは、けっこう悩みましたけどね。

──「世界という女性よ」ですけど。ヘッセですよね?

森川:そうですね。もともとのきっかけは、頭脳警察の「さようなら世界夫人よ」。好きな曲なんですけど。幾郎さんと他愛もない話をしている時に…頭脳警察がやってる詩があるじゃないですか。アレはヘルマン・ヘッセのオリジナルの詩を翻訳者が訳してるんですけど、幾郎さんが「他の翻訳者にも面白い詩がある」的なことを言ってきたんです。「じゃあそれでアレンジして曲作りましょうよ」なんて話をしてて。最初は半分冗談みたいな感じだったんです。一応幾郎さんが翻訳してるんですけど、ほぼ幾郎さんのオリジナルに近いですね。ヘッセのオリジナルを元に、インスパイアで幾郎さんが詩を書いた。その詩に曲を付けて…っていうのが「世界という女性よ」。

──頭脳警察の「さようなら世界夫人よ」が70年代にありながら、なぜ今改めてあの詩に挑むことになったのかと。

森川:血と雫の可能性というか…僕らの楽曲は、如何様にもアレンジできると僕は思っていて。基本的なバンドスタイルの既成概念にある曲を演奏している意識がまるでないっていうのもあるんですけど。アレンジの可能性というのは常に持っていて。だからちょっと面白くアレンジできて、僕らのバージョンとして演奏できる曲を作ってもいいんじゃないかなっていう、純粋な気持ちというか。

──「違った解釈で改めて世に問う!」というワケではなく…。

山際:頭脳警察と対決するって?(笑)

森川:まったくないです。頭脳警察、好きです。

山際:リスペクトしてる。

森川:やっぱり日本語によるロックっていうと、耳に馴染んでるのはむかし自分が聴いてたバンドの曲だっていうのもあると思うんで。

──この曲のイントロに入ってるのが、木村さんのフルート?

森川:そうです。本来は間奏でソロを吹いてもらったんですけど、そのバックトラックが使えなくなってしまったんで、どうにかして活かせないかっていうことで、イントロに。

山際:コラージュ的に使ったんだよね、あのフルート。

森川:そう。で、曲の間奏部分では、本来木村さんが吹いてた部分は、山際さんがキーボード弾いてる。最初、僕が弾いてたんですけど、なんかしっくりこなくて。どうにもこうにも上手くいかなくて。バトンタッチしたらすごいハマったんですよ。さすがだなと思って。

異能のドラマー・高橋幾郎

──「永遠の変化の中を彷徨う」は…。

山際:コレは、アナログのシングルで出してるんだよね。

森川:『雲を掴む』の後に、7インチのアナログ盤を限定で出してるんですけど、その曲のリテイク。アレンジはちょっと違いますけど。歌詞も若干違う。

──1stから3rdにかけて、メンバーの音が溶け合ってきたっていうか。その結果として聴きやすくなってきた印象が少しあるんですけど。

森川:うん。

──この曲は、これまでになかったような平易なメロディと優しい発声。結果として、さらに聴きやすさを醸し出してる気がするんですけど。

山際:たぶん圧倒的に“歌モノ”に近付いている感が。1stに較べると。歌が進化してるって感じですかね。

森川:もともと曲が歌メロからなので。アカペラを山際さんに投げてますから。その発展の結果が、作を重ねるに連れて上手い具合に調和してきているような。

──前から言ってましたよね。鼻歌を山際さんに投げて、山際さんがそれにコードを付けて。

森川:そう、山際さんのギターでアレンジして。

山際:今回、鼻歌がわりと…たぶん森川の子どもの頃に聴いてた歌謡曲とかのメロディが、自然に消化されて出てきた部分も大きいかなと思いますね。この曲は歌謡曲っぽい。

──この曲も絶品なギター・ソロが…。

山際:ああ、そうでしたか(笑)。

──そんなもんですか、本人的には。

森川:この曲は、ギターの最後の止むところが僕はすごいっていう気がします。「この切り方!」っていうか。

──高橋幾郎さんのドラムなんですけど。過去の3作に較べると、わりとおとなし目に聴こえるっていうか。

森川:過去も、ライブに較べれば遥かにおとなしいと思いますけど。

山際:ライブは全然違うもんなぁ。

──そうですね。今回のアルバムではわりと、ニュアンスに特化したみたいな印象を受けるんですけど。

森川:幾郎さんはドラマーっていう以前に、幾郎さんとしての感性をすごい出してくる人なんで。曲に参加するにあたって自分は何をするべきかということを、たぶんすごく理解する人だと思うんですよね。だから無理に叩かないところは叩かないし。

山際:あの人は、いま出てる音に対する反応っていうのが一番。

森川:反応に関しては本当に長けてるよね。あの人よりも反応できる人、いないと思う。

──それがあの、ライブでの圧倒的に自由な解釈みたいなモノに…。

山際:そうですね。ライブの独特の空間の中で、凝縮された幾郎さんの表現。

──ハイハットとバスドラとスネアで、リズムを下支えするっていう概念が最初から…。

山際:普通のドラムとは考えない方がいいですね。スネアも…スネアじゃないですよね(笑)。

森川:スネアじゃないです。なんていうんだろう…太鼓?

山際:太鼓っていうしかない。

森川:スナッピーもなければ、裏の皮も張ってないし。ひっくり返して荷物入れにしてるし。

山際:そうそう、アレで飛行機に乗ってくる!(笑)

森川:裏側も楽器として使ってるし。リムとかボロボロなんですよ、叩いてるから。もう幾郎さんが宿ってると思う、幾郎さんの持ってるあの黒いスネア…。

山際:スタジオにあるスネアとかも今回は使ったりして。既製のね。マスタリングの中村(宗一郎)さんがびっくりしてたもん。「幾郎さん…」

森川:「スナッピー入ってる!」って。

──逆にびっくりする。

山際:そうそう(笑)。

森川:ドラムを叩いてない曲もありますけどね。「この曲はドラムなしで」って言ったら、その一言で決定するというか。その代わりベルとか鈴とか、幾郎さんの考えでやってますけど。アルバムを聴くと、幾郎さんの叩いてない曲が、すごいクッションになってていいんですよね。

──「永遠の変化の中を彷徨う」の後半では、かなりすごいプレイしてますね。

山際:わりとロックな感じのドラムですよね。

森川:手数が多い。

──この曲以外だと、随所で聴けるシンバルワークの繊細さ。

山際:アレはもう、ピカイチですよね。

森川:ハイハットをオープンにした時の使い方…ハイハットの裏を叩くとか、ちょっと一般的なドラマーがやらないようなことを当たり前にやる人なんで。

山際:考えてやってるんじゃなくて、その場で「こうしてみよう」って思い浮かんだことを、やってるように思います。

森川:演奏してるメンバーも常に新鮮というか。

山際:そこが他のドラマーとは大きく違う。

森川:ぜひ今度幾郎さんにインタビューしてみてほしいと思う。

透徹した意識

──あと、この曲って、メロトロンみたいな音が聴こえるんですけど。

森川:キーボードは僕ですね。メロトロンのシミュレーター。

──鍵盤類を前よりも多用しようっていうのはありました?

森川:いや、意識して多用はしてないですけど…なんでしょうね。

──結果、増えてますよね。

森川:増えてるけど、「永遠の変化の中を彷徨う」は、シングル盤にもともとキーボードが入ってたというのがあるんですね。それでかな。基本的に僕がキーボードを弾いたのは、「永遠の変化の中を彷徨う」と「パトス」の2曲だけなんです。あと、山際さんが「世界という女性よ」の間奏で弾いてますけど、増えてるような感じがする、かもしれません。

──山際さんの「gitarre instrumental #4」は、2テイク目…。

山際:そうですね、2テイク目っていうか…。

森川:テイクっていうか、違う楽曲。

山際:全然違う曲なんです。

森川:初期録音の時とはだいぶ変わってるんですよね。バンドとして録った曲も、まるまる1曲ボツになった曲もあるし。

──やっぱり以前のアルバムに較べると制作過程にけっこうな違いが。

森川:もちろん。全然、まったく違う。180度違う。4枚目で初めて、一般的なバンドの人たちが作ってるアルバム制作過程を、僕たちが得ることができた。

山際:得ることができた?(笑)

──後半に「星は静かに」と「輝きは夜とわたしと貴女のもの」が続くんですけど。以前に較べて森川さんの歌い口に、ロマンティシズムが増量しているっていう印象が…。

森川:今回に至ってそれが増えたワケではなくて…たとえば「輝きは夜とわたしと貴女のもの」の歌詞は、ホントにコアな人だったら気づいてくれる人がいるかもしれないんですけど、1stの「夜曲 nocturnal ocean」って曲があって、その歌詞なんです。違う曲なんですけど、詞は一緒なんです。

山際:それはもともとZ.O.Aの頃からあった…。

森川:そう。僕が前にやってたZ.O.Aの頃からあるモノなんで、今になって増えたっていう感じではないんですけど。わかりやすく出すようになったってことですかね。

──Z.O.Aからソロ以降にかけて、英語から日本語っていう変化はあると思うんですけど、森川さんの歌詞そのものに対する姿勢っていうのは変わってないですか。

森川:ほとんど変わってないですね。今回ちょっと、毒気のある要素はなるべく減らしたっていうのはありますけど。今まで、1曲は自分の中で毒々しいと思うモノを入れてたつもりなんですけど、今回ちょっと作風に合わないというか。ひとつのバランスのままの方がいいなと思ったんです。

──たとえば1stだったらLIBIDOのカヴァー「my private sun」とか、2ndだったら「何人半人」とか…。

森川:ああ、そうです。

──確かにそういう要素は薄いっていうか、排除されている。

森川:はい。

──それにしても森川さんの歌詞っていうのは、いわゆるロックの歌詞っていうよりも、詩ですよね。

森川:そうですね。まず文章ありきなところがありますね、やっぱり。もともと、曲を作るにあたって、アカペラなりメロなりを山際さんに投げる時に、歌詞は入ってないので、あとから詞を乗せるんですけど…。

山際:でもよくこの詞を唄えるなと思う時あるけどね。

──改めて、山際さんから見た森川さんの歌唱とか詞っていうのはどうです?

山際:まだまだかな…あ、冗談冗談(笑)。なんていうのかな、普通唄えるような詞じゃないよね。それを唄ってるのがすごいなぁと思います。

血と雫の今後は?

森川:今回は、アートワークに関しても…3作目までは、1年に1枚出すっていうタイトなスケジュールの中で、レコーディングと、すべての作業も含めてやってたんだけど、今回はそういうのがなかったんで。デザイナーの秋田(和徳)さんの締め切りもなく、「思うがままに納得いくまで作ってください」っていうことで。1年ぐらい前に音源ができて、アートワーク…ジャケができたらGOサインが出るかなっていう待ちの状態なんだけど、そこで「まだですか?」っていうことを言っては、もともとの条件が変わってしまうんで、ずっと待ってたんですけど。ある日突然ポンと送られてきた時に、あまりにもすごすぎて、感動して…っていうのがありました。

山際:秋田くんは今回のが一番好きって言ってたね。

森川:うん。マスタリングにも立会いしたから。

──以前にも言いましたけど、エンジニアからアートワークも含めて、バンド・メンバー3人だけじゃなくて、チームとしての血と雫、みたいな。

森川:1stから一貫して同じですね、ずっとその辺は。

山際:その辺はやっぱり森川の人脈がすごいなと思いますね。

──血と雫、4年空いた後で、今後はどのようなペースの活動を?

森川:ライブがなかなか思うようにできない状態ではあるんですけど、やれるうちに少しでも多くやっておきたいなと思ってます。

山際:3枚目までは年に1枚ペースでやってたんで、これからはもうちょっとマイペースでやりたいなとは思いますけど。

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