人権週間に寄せて

 長崎市が1970年に刊行した郷土史本に、1枚の古地図が使われた。その地図には被差別部落の所在地がそのまま記されていた▲当時、長崎地区労書記長として労働運動や原水禁運動に取り組んでいた磯本恒信さんは、差別を助長すると市に抗議した。「これは江戸時代の地図。現在は部落も差別もございません」と答えた市幹部に対し、磯本さんは「私がそこで育った部落民だ」と叫んだ▲出自によって結婚を反対されるなど、差別を肌で感じてきた磯本さん。関係者が“古地図事件”と呼ぶこの出来事は、本県で表面化することが少なかった部落差別の存在をあらわにし、73年に部落解放同盟県連準備会が結成されるきっかけの一つとなった▲それから半世紀近く。学校の人権教育や行政による啓発が進み、企業は採用選考で出自を問わないなどの注意を払うようになった。表向きは状況が改善したようにもみえるが▲長崎市の2015年度市民意識調査によると、社会に被差別部落への差別意識がまだ「ある」という回答が4割を超えた。差別解消への道のりはまだ遠いのだろうか▲本県の部落解放運動を牽引(けんいん)し00年に死去した磯本さんは「生まれによって人を差別してはならない」と訴え続けた。当たり前のその言葉を改めてかみしめたい。10日まで人権週間。(泉)

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