ホームレスに寄り添い30年 北九州のNPO法人「抱樸」 家族機能の社会化目指す

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東八幡キリスト教会の納骨堂で、30年にわたる活動を振り返る抱樸理事長の奥田知志さん=北九州市八幡東区(写真の一部を加工しています)

ホームレスの自立支援に取り組む北九州市八幡東区のNPO法人「抱樸(ほうぼく)」(奥田知志理事長)は12月、活動開始から30年を迎えた。就労支援や住まいの確保を通じて、自立につなげたのは3250人。市の調査では、ピーク時の2004年には市内に434人いたホームレスは、今年3月時点で62人に減った。

抱樸の前身の市民団体「北九州越冬実行委員会」は1988年12月初旬、おにぎりと豚汁を配りながら日雇い労働者らの実態調査を始めた。炊き出しは冬場の12~2月は毎週金曜日(それ以外は月2回)に行い、年間3千食以上を提供している。

7日夜、同市小倉北区の勝山公園で12月に入って初めての炊き出しを行った。抱樸スタッフや協力団体のボランティアがテーブルを設置すると、そぼろ弁当と熱い豚汁を求めるホームレスら55人が列を作った。

「互助会」で葬儀担い入居先確保

活動30年を迎えたホームレス支援のNPO法人「抱樸」。理事長の奥田知志さん(55)は、貧困や格差問題に取り組んだ歩みについて「目指したのは『家族機能の社会化』だった」と振り返る。家族や地域の結び付きが弱まっていく中で「支え合い」という役割を、社会がどう代わって担うのかを模索し続ける。

「ここには身寄りのない人を中心に約100人の遺骨があります。この遺影の人は、ある日そっくりな兄弟が訪ねてきてくれてね…」。奥田さんは牧師を務める東八幡キリスト教会(八幡東区)の納骨堂で静かに語った。納骨堂には抱樸が自立を支援した元ホームレスらが加入する「互助会」の会員が眠る。月500円で、入院見舞いや葬儀などを支え合うシステムだ。

互助会を始めたのは2013年。目的は自立支援の支障となっていた高齢単身者の入居先の確保だった。賃貸住宅の家主は、身寄りのない高齢者が亡くなった場合の煩雑な事務手続きを敬遠し、入居を断ることが少なくなかった。抱樸が死後の面倒も責任を持つと知ってからは、入居拒否は減ったという。

仕事や家がある人もホームレスに

1988年12月初旬、奥田さんたちが北九州で炊き出しを始めたときは、炭鉱労働や製鉄の孫請けといった職から転落し、身寄りを失ったホームレスがほとんどだった。それから30年。仕事や家族があるのにホームレスになる人も出てきた。

「人とのつながり、絆を失った人」。奥田さんが定義するホームレスは仕事や家がある人にも広がっていると危ぶむ。

抱樸は職員約100人と1500人の登録ボランティアで、就労支援など20の事業に取り組む組織に育った。市の委託を受け、ホームレス自立支援センター(小倉北区)も運営する。かつては、炊き出しをする公園の使用を巡って争った行政とも協働するようになった。

「家族的なつながりをどう赤の他人がやるかが勝負だった」。奥田さんが築いた抱樸という「家族」は着実に大きくなっている。

=2018/12/08付 西日本新聞夕刊=