真珠湾77年不戦訴え 富山で戦争体験者平和語り合う 

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 太平洋戦争の発端となった旧日本軍による真珠湾攻撃から77年を迎えた8日、空襲や引き揚げ体験者らが富山市内に集まり、自らの経験を語り合った。戦時中、爆撃機のパイロットとして従軍した射水市南太閤山(小杉)の新谷(しんたに)心一さん(92)は「戦争を二度と繰り返してはならない」と繰り返し、平和の尊さを訴えた。

 戦争の記憶を語り継ぐ機会を設けようと、富山市寺町で事務機器の販売会社を経営する前田雅弘さん(66)が初めて企画し、11人が集まった。

 新谷さんは1943年、10代で千葉県の養成所に入り、パイロットになった。特攻隊員として出撃する兵士を指導し、送り出したこともあり「今も自責の念は強い」と言う。終戦後のシベリア抑留生活も振り返り「亡くなった仲間もいる。忘れることはできない」と語った。

 満州で暮らしていた富山市五福の林啓子さん(75)は、父がシベリアに抑留された経験を持つ。母、弟との3人での生活が始まり「母はロシア兵に襲われないよう、いつも男性の身なりをしていた」。3人が日本へ引き揚げた後に父も帰国。抑留生活について話すことはほとんどなかったが、食べ物のことなどで欲を出すと、強く怒られたという。「シベリアで大変な思いをしてきたからこそだろう」と声を詰まらせながら話した。

 新谷さんは、死を覚悟して戦地に赴く仲間の寄せ書きや戦争の資料などを持参。参加者はじっくりと眺め、命の大切さを再認識していた。