2018年が残した問題(12月9日)

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 今年は自然災害が非常に多かった。地震や台風、それに伴う津波や高潮、土砂崩れなど。大阪地方の台風の大きな被害などは、北海道の地震の報道のかげで、関西空港の問題以外はほとんど報じられない程[ほど]であった。

 日本の歴史を振り返ってみると、例えば平安初期の九世紀には富士山の爆発が相次ぎ、磐梯山も爆発し、さらに大きな災害が続いた。今年の状況は日本列島がそういう時期に入ったのかとも思ったが、今はむしろ世界の気象状況がこれまでのデータからでは判断できない動きになることが問題である。

 それが単なる自然現象の問題だけではなく、人間のわざが起こした地球の温暖化の問題であることは明らかであろう。ところが二酸化炭素の最大の排出国である中国とアメリカが、この問題に極めて消極的であることが問題である。

 トランプ大統領はこの問題を認めようとしない。中国は北京のひどく濃い排出ガスに対して、最近は経済優先の立場からその対策を弱めているという報道もある。

 この頃改めて強く思うのは、こうした問題に対しても日本人は欧米の人々に対して、ある場合には卑屈ではないかと思える程遠慮し、それと裏腹に非欧米の人に対する差別感をまだ払拭[ふっしょく]しきれていないということである。韓国の人々からの第二次世界大戦中の日本人の行為に対する謝罪の要求について、果たしてどれだけの人が真剣に考えているだろうか。これは外交関係だけで済む問題ではないと私は思う。

 今問題の出入国管理法に関しても、これまでの技能実習生たちに対する日本人の扱いに、そういう差別感が働いているのではないかと心配なのである。

 こういう日本人の拭いきれない古い体質の例として、今年気になったのは忖度[そんたく]である。森友学園の問題では政府の部内で忖度が大いにあったと考えられる。またスポーツでも日本大学アメリカンフットボール部の問題の捜査では、指導者たちには責任はなかったと判断され、実際に行動を起こした選手一人について容疑の書類が送検される方針のようだ。しかしあの選手が自分で考えてあのように行動したとは考え難い。彼は恐らく指導者の気持ちを忖度してあのように動いたのだろう。しかし忖度は法律の世界では立証できないということがはっきりした。これは古い感覚がいまだに残っている日本では恐ろしいことである。

 より重大な問題はアメリカに対する日本政府の姿勢である。私は辺野古の問題も根本的には日米地位協定の問題があると考えている。今や政府は辺野古の海に土砂を投入しようとしているが、これを許せば辺野古の海を元に戻すことはできなくなるという。この問題への沖縄県民の賛否を問う投票の前に実施してしまう魂胆である。政府は沖縄県民に対する強い姿勢をまずアメリカに向け、日本にとって極めて不利な日米地位協定の見直し、さらに撤廃に動くべきではないだろうか。(国立歴史民俗博物館名誉教授、福島市出身 小島美子)