米国紙NYTの若き発行人は断言する~<トランプ政権にも恐れることなく向き合う> デジタル新聞時代に突入、地方紙衰退・最大の危機の一つ

メディアを敵視するトランプ大統領(出典:Flickr)

アメリカのドナルド・トランプ大統領が声を荒げて連発する「フェイクニュース(虚偽報道)」との「暴言」に対してアメリカの主要メディアはどう考え、どう反応しているのだろうか。ジャーナリストだった私は重大な関心を持ってきた。メディアに面と向かって「フェイクニュース(虚偽報道)」と叫ぶような大統領が民主主義国家アメリカに登場したのである。

そんな中、「朝日新聞」2018年10月12日付の「オピニオン&フォーラム」欄掲載の「新聞と民主主義の未来」を興味深く読んだ。むしろこの時期にこのテーマを一面すべて使って掲載した朝日新聞に敬意を表したい。
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アメリカを代表する新聞の一つ「ニューヨーク・タイムズ(以下、NYT)」の発行人でオーナー一族出身(6人目)のアーサー・G・サルツバーガー氏(38歳)へのインタビュー記事だ(質問者は朝日新聞ニューヨーク支局長・鵜飼啓氏)。その主要なQ&Aを引用し、私見も述べてみたい。

Q:トランプ大統領と7月にホワイトハウスで会いましたね。何を話したのですか。
A:大統領が報道官を通じて「会いたい」と言ってきたのです。掲載した記事か、あるいは掲載を目指す記事について何か言いたいことがあるのであれば、同意するかどうかはともかく、きちんと聞くのが公正な報道機関としての責務です。
<私見>トランプ大統領のサルツバーガー氏を招いた背景をもっと語って欲しかった。言えないだろうが…。

Q:トランプ大統領はNYTを含めたメディアを「フェイク(偽)ニュース」「国民の敵」などと呼んでいます。
A:我々の報道に対する懸念であればしっかり耳を傾けようと思う一方、私の方でもこの機会を生かし、大統領のメディア攻撃に対する懸念を伝えておきたいと考えました。執務室で面と向かい、こう言いました。「大統領自身も真実ではないと知っているはずの『フェイクニュース』という言い方にはがっかりするが、私は『国民の敵』という発言をより強く心配している。暴力を招くような危険な空気を生んでいる」と。

Q:効果はありましたか。
A:話した時は大統領も耳を傾けていると感じました。こうした言い方が外国の独裁者が報道を抑圧する口実に使われると指摘したら、懸念を示していました。正確な発言は忘れましたが、「言いすぎだったかもしれない」ということも言い、考えると約束していました。
ところが、会談から1週間もたたないうちにメディア批判のトーンは元に戻ってしまいました。結局、行動に何の変化もみたらすことはありませんでしたが、メディアの人間が本人に直接伝えたという事実が公に残ったことは重要だと思います。
<私見>トランプ大統領はNYTやワシントン・ポストなど一流紙を敵視している、ことを裏付けたようなエピソードだ。

Q:NYTはトランプ大統領の蓄財をめぐる大がかりな調査報道を掲載したばかりです。トランプ政権にはどういう姿勢で向き合っていますか。
A:他の政権に対するのと同じ姿勢です。独立の立場から、恐れることなく向き合うということです。ワシントン支局や調査報道チームが、政府のあり方や国際的な問題における国の立場を急速に転換しつつあるこの政権を、あらゆる角度から点検しています。大統領個人の資産についても、取材チームが徹底して調べました。
記者の仕事を支えるため、ひいては読者のために最も大事なことは、事実を掘り起こす時間を与え、そのサポートをすることだと考えます。今回の調査報道には18カ月費やしました。その結果、今まで明らかにできなかったことを掘り起こすことができたのです。
<私見>調査報道に18カ月もかけたNYTに敬意を表するとともに、トランプは「叩けばホコリの出る」男とにらんでいたことを間接的ににおわせている。

Q:NYTは1971年、ベトナム戦争をめぐる米政府の秘密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」の内容を報じ、ニクソン政権と対立しました。あなたの祖父は差し止めを求めた政府と戦い、掲載の権利を勝ち取りました。民主主義とメディアの関係をどう考えますか。
A:民主主義における独立した報道機関の役割は、置き換えることの出来ないものです。米国の建国の父たちは、人々自らが統治する社会において、報道機関がいかに不可欠な存在であるかということにしばしば言及していました。ここ数年、こうした権力に対する監視の責任を果たすだけの力を持った報道機関が減っており、非常に懸念しています。私たちがその分大きな役割を担わされています。
71年当時に比べて、メディア批判が強まっていることは心配しています。記者への殺害予告も増えています。一方で、記者たちはしっかり仕事をしようと取り組んでいます。恐れを知らず、ひいきもせず、真実を追い求める。私の祖父が発行人だった1970年代においても我々にとって大切だった考え方ですが、こうしたことばは高祖父の時代にさかのぼります。この使命に変わりはありません。
<私見>「米国の建国の父たちは、人々自らが統治する社会において、報道機関がいかに不可欠な存在であるかということにしばしば言及していました」。この発言にニューヨーク・タイムズのプライドを感じる。「ペンタゴン・ペーパーズ」の大スクープのドラマは映画にもなった。

二ューヨーク・タイムズ本社(ニューヨーク市中心街)

Q:NYTは有料のデジタル購読が好調です。
A:我々の様な伝統的メディアは大きな変革の時を迎えています。重要なことは、いずれデジタルだけの報道機関になるときが来る、という事実を受け止めなければならないということです。すぐに時が来るのか、まだ先かと聞かれれば、まだ先だと思います。紙で新聞を読むために多くのお金を払っている熱心な読者が100万人いるのですから。ただ、ずっとそうだというわけではないのです。私たちはデジタル優先のメディアにならなければならないということを受け入れました。
デジタルは急速に伸びており、300万人近いデジタルだけの有料読者がいます。デジタルの広告収入は規模が小さく、野心的なジャーナリズムを支えることは出来ません。購読者から収益を支えとするビジネスモデルに変えることで、この会社で働く全員がジャーナリズムの使命のもと一丸となりました。読者は中身の濃い報道にお金を払い、そのお金で私たちは使命を果たすことが出来るという良い環境生み出すことが出来ます。
<私見>新聞のデジタル化は避けて通れない道であろう。日本の新聞各紙の対応は大幅に遅れている。

Q:メディアへの信頼低下は各種の世論調査でも表れています。
A:信頼が揺らいでいるだけではなく、左右への2極化も進んでいます。背景には、一部の権力者や力のある機関がメディアをおとしめようとしていることがあります。メディアに監視されるのを嫌い、意図的にあおっているのです。
同じような考えの人の話だけを聞くという傾向が社会全体で強まっていると思います。これは非常に問題があります。メディアにはこうした状況を押し返す責務があります。まともな報道機関であれば、世界を理解するのに資する報道を心がける必要があるでしょう。私たちは多様性のあるスタッフによる幅広い知見や分析を提供するよう心がけています。オピニオン面では読者が必ずしも共感しない意見も掲載しています。

Q:信頼低下の責任はメディアの側にもありますか。
A:もちろんあります。ジャーナリズムとは何なのか、社会でどんな役割を果たしているのかうまく説明できませんでした。記事を書く時はただ書くだけではありません。その場に行き、人の話を聞くなどの作業を行います。記事が出るまでにどんな努力があるのか読者には分かりにくかった。こうした点を表に出し、なぜ私たちが提供する情報が信頼できるのか伝えていくことも大事です。
<私見>サルツバーガー氏の危機感に異論の余地はない。

Q:NYTやワシントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナルといった全国紙が世界で購読者を得る一方で、米国内の地方紙は苦境にあります。
A:ディーン・バゲーNYT編集主幹が、地方紙の衰退はこの時代最大の危機の一つだと述べました。その通りです。私はロードアイランド州やオレゴン州の地方紙で働いたことがあります。地方紙が地域社会を結びつける接着剤として、権力に説明責任を果たさせるメカニズムとしてどれほど重要かを直接見てきました。これは全国紙と地方紙のゼロサム・ゲームではありません。地方紙が才能ある記者を切り捨てるのを見るのは本当につらい。私たちの社会を脆弱にします。社会全体でどうすべきかを考えなければなりません。
<私見>地方紙の衰退はこの時代最大の危機の一つ、全く同感である。日本でも衰退の傾向である。

Q:オーナー一族の出身ですが、発行人になるのは最初から決まっていたのですか。
A:大学時代にすばらしいジャーナリズムの教授と出会い、記者の道を志しました。記者という仕事は、法的に許された大人の最高の楽しみだと思いませんか。一日に半分は世界について学び、人に話を聞き、物事を理解するために使う。残りの半分でそれを伝える努力をする。地方紙で仕事を始めて半年ではまりました。この会社でも地方で記者をして、とても楽しかったのですが、連れ戻されました。今では私自身が書き続けるのではなく、偉大な記者たちが仕事をしやすくするための環境を整えるのが自分に託された仕事だと考えるようになりました。
<私見>御曹司の矜持と責任感である。どこかの「七光り」の政治家とは雲泥の差である。

NYTはアメリカの優れた報道に与えられるピュリツアー賞を最多の125も受賞している。今年はセクハラや性暴力の被害者が声をあげる「#MeToo」につながる調査報道などで受賞した。2009年赤字のため大幅な人員削減に踏み切った。そんな中、2011年にデジタル版の有料化を実施し注目された。現在NYTの紙の発行部数は100万部を割り込んでいる一方、多様なデジタル購読者は2015年に100万を突破し、300万に届こうとしている。

謝辞:朝日新聞のメディアの明日を論じる優れた企画記事を引用させていただいた。謝意を表したい。

(つづく)

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