山の話を聞かせて! ~山岳アスリート・望月将悟さん~「山は自分を知る場所」 日本海からスタートし、北アルプス、中央アルプス、南アルプスを抜け、太平洋まで。その距離415㎞を1週間で走破するトランスジャパンアルプスレース。2年に一度開催されるそのレースで4連覇を果たし、今年はすべての荷物を背負って進む『無補給』というテーマに挑んだ望月将悟さん。仕事では静岡市消防局で消防士・山岳救助隊員として働き、まさに山のスペシャリストである彼に、山への想いを語ってもらいました。

望月将悟は、山でできている

望月さんは、プロフィールで肩書きを聞かれると困ってしまうことがあるという。

「トランスジャパンアルプスレース(以下TJAR)に参加したり、トレイルランニングのレースにも出ているけれど、トレイルランナーかと言われると違うよな・・・違和感があります。また今年のTJARに出るにあたって登山家の花谷泰広さんに『全部の荷物を背負ってチャレンジしてみたら? アルパインクライミングの世界と同じように』といわれて無補給にチャレンジしましたが、花谷さんのように登山家とかアルピニストでもありません。

TJAR中には応援してくれた年配のハイカーの方に、ハイカーの代表のように『よくぞやってくれた! 頑張ったな』と無補給を讃えてくれる声を掛けられました。それは、とてもうれしかったです」

出身は南アルプスの登山口となる静岡市葵区井川。子供の頃から祖父や両親の仕事の手伝いで山に入っていたが、それは登山ではなく手伝いだったという。山で働く樵(きこり)や山里で暮らす人を時に山人(やまびと)と呼ぶことがあるが、山で育ち、山で遊び、山で働く望月さんは、生粋の山人だと思える。こんなことを話してもいた。

「山は、僕にとって遊び場であり、学び場なんです。山でいろいろなことを感じて、時にリフレッシュして、経験したことが山岳救助隊員としてそのまま活かせ、社会に役立てることができる。体力だって山を登ったり、走ったりすることで、ついたものです」

つまり、望月将悟は山でできている。だから、山を好きな人の多くから愛される。強さに憧れを持たれる。やさしさに魅了される。山、そのもののような人なのだ。

応援は、前進を後押ししてくれるありがたいチカラ

「あれ、どこかで見た顔だと思ったら、将悟さん。よくまぁ、こんな細い体であんな荷物を背負って走れるね~エラいね~」

インタビューは、TJARのゴール地点の静岡市・大浜海岸で行った。そこで出会った年配女性は、ニコニコ笑顔で息子や孫を見る目で、望月さんに声を掛けてきた。すると望月さんは
「いつもゴール地点で待っていてくれてありがとうねぇ。お婆ちゃんの顔を見ると帰ってきたなぁって、元気が出るよ」
と応じた。応援は力に変わる。掛けられた声はもちろん、見ていてくれるだけ、待っていてくれるだけでも、その一瞬の出会いがパワーに変わる経験を、何度となくしているという。

「仕事柄というのもありますが、山ではたくさんの人と話をする機会があります。そこで僕が背負っている軽くて小さな荷物を見ると、年配のハイカーさんたちは、若くて体力があるからできるんだと教えられました。彼らは体力に劣るため、山を歩く時間が長く掛かります。だから一泊分の荷物が必要になり、重量が増える。ゆっくりゆっくり歩いている彼らの脇を、一生懸命になっているのはわかりますが、挨拶もせず、駆け抜けていくトレイルランナーがたまにいます。挨拶だけでも交わしたその言葉が生み出す力に、気が付いてほしいです」

強さは得意になったり、見せつけるものではない。やさしさに変換して贈るものなのだろう。その強さを山から頂いたものだったとしたら、同じ山を好きな人に贈らない理由はない。望月さんは、そう考えているように思える。それは弱さを自覚していることからもうかがえる。

弱さの自覚。それがケガや事故に遭う確率を減らす

「山は自分の強さや弱さを見つけ出す場所でもあるんですよ。特に弱さ・・・自分は弱いなぁって思うことがたくさんありました。

僕、寒さが嫌い。ひとりで山に入ることが多いですが、実は孤独も苦手。眠さほどツラいものはないし、痛いことも可能な限り避けたい。だから行動のひとつひとつは本当に憶病で、ダメかなって状況にならないように、その手前で早めにブレーキを掛けるんです。

そういう意味で、山は自分の力の見極めが大切。知識や技術、体力だけで、どうにかできる場所じゃない。遊びで楽しむために登るなら無理は禁物です。『今日はやめときな』って山が言っていると、もう1回登るチャンスをもらえたとポジティブに考えています」

弱さの自覚。そのことが生む強さ。広がる視野。そうして自分ひとりで山に登っている訳ではないことに、気が付ける。レースでなくても、応援してくれる人は誰にもいるのだ。

「山を下りれば家族や友人がいるでしょう。山には登山道を整備してくれる人、山小屋でハイカーを受け入れてくれる人もいます。彼らを悲しませてしまうような、自分勝手な判断、行動は控えたいですね。どんなに準備していても、慎重に行動していてもケガや事故に陥ってしまうこともあります。でも待っている人がいるとか、自分の弱さを知っていることが、ケガや事故に遭遇する確率を減らしてくれるのは間違いありません」

「実はね、まったくやる気が起きないような感じなんです」

「実はね、まったくやる気が起きないような感じなんです」。そう最後に話した望月さん。TJARでの無補給の挑戦をやり遂げた喪失感が大きいらしい。多くのインタビューを受けているうちに、言葉が出てこなくなっているともいう。まだ3ヶ月前のことなのに、ツラさは忘れ、「そういえば、やったね」という他人事のような、遠い過去のような感覚だという。

「目標が達成されて、このままどうするんだ!? という状態なんです。若い人が持つ将来に対するぼんやりとした不安な気持ちとよく似ています」

心にぽっかりと開いた穴。それは望月さんが山で頂いたものを、多くの人に贈り過ぎてしまったからなのだろう。それくらいに、TJAR無補給は大きなテーマだったのだ。それくらいにならないと、果たせない難しい課題だったのだ。望月さんの表現を借りれば『今は休みな』と山が言っているのだ。でも、きっと山で過ごす時間のなかから、ぽっかりと開いた穴を埋める刺激的ななにかと出合うんだと思う。望月さんにとって山はいつだって、自分を知る場所だったのだから。

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