壁はますます高く

 「風邪をひいちゃって」「そりゃ大変だね。どうして?」「うっかり薄着で寝たもので…」。日常の会話であれば、病気になった訳をこんなふうに説明できる。では、「健康を損った原因はこれだ」と科学的に証明する場合はどうだろう。たやすくできるものではない▲それでも、原告側は証明に努め、裁判で一度は認められた。長崎の「被爆地域」の外で原爆に遭い、被爆者とは認められていない人たち-被爆体験者が起こした訴訟の第2陣で、長崎地裁はおととし、推計被ばく線量を基に、原告161人のうち10人を「被爆者」とした▲被爆地域の外にも被爆者がいた。そう認める判断は画期的だったのに、10日の控訴審判決はこれを否定した。一度は被爆者とされた10人も含め、原告全員が被爆者には当たらない、と▲認定のためには、年間100ミリシーベルト以上の高い線量を受けたという立証が要るらしい。ハードルの何と高いことだろう▲被爆地域を線で囲むと楕円(だえん)の形をしているが、この線は昔の行政区分に沿って引かれている。科学的な根拠によらず楕円の外に置かれた人々の前に「科学的な立証」の壁は高く高くそびえ続ける▲訴訟は最高裁へと移る。控訴審判決の日、10人は体調不良で誰も法廷に足を運べなかったという。壁を見上げては焦りが募るに違いない。(徹)

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