【特集】「純ジャパ」だけじゃない 〝いろんな〟日本人がいていい

今回の「ヤングリーダーズ・サミット」に参加した4人の日本人(C)ASEFYLS

 今年10月にベルギーの首都ブリュッセルで開催されたアジア欧州会議(ASEM)の首脳会議。同時にその若者版ともいえるアジア欧州財団(ASEF)の「ヤングリーダーズ・サミット」が開催されていたのをご存じだろうか。欧州とアジアの51カ国から、明日を担う120人の若者を集めた国際会合に、日本からも4人が出席していた。

 プレス担当のシンガポール人青年に「この方たちですよ」と紹介されて、私はしばし言葉を失った。私が想像していた典型的日本人像とはあまりにもかけ離れた4人がまぶしい笑顔で立っていたからだ。彼らは新しい時代の〝いろんな〟日本人を体現していた。

▼仕事は英語で 

 「こんにちは!」。そう、あいさつされて面食らう。目の前にいる人の風貌と日本語でのあいさつがマッチせず、筆者の頭が一瞬思考を停止してしまったのだ。その声の先にいるのは、背が高く緑の目が美しい男性と、ソバージュヘアが似合う褐色肌の女性。その2人からよどみなく流れ出る日本語は、疑いのない日本人のしゃべりだ。

 すらりと背の高いその男性はロビン・ルイスさん。英国と日本の両方にルーツを持つ青年ビジネスマンで、東京で国際機関に勤める。「よろしくお願いします!」と女性が元気よく差し出した名刺に書かれていたのは、「グーグル・ジャパン 大野桂子」。パプアニューギニアと日本にルーツを持つエネルギッシュな笑顔が印象的だ。いわゆる「ハーフ」は見慣れている筆者だが、ロビン君も桂子さんも、街角で出会えば、筆者の認知プロセスは「ガイジン」と判断して英語で話しかけてしまうだろう。

 少し遅れて現れたのは成松百子さん。外見は「日本人像」そのものだが、インドとネパールで育ったために、ヒンディー語とネパール語が得意で、米国や日本では英語で学んできたクワトロリンガル。そんな彼女は、別れ際に「メールは英語でお願いできますか?」と照れくさそうに言った。

 国際協力機構(JAICA)勤務の池田耕一さんも、成松さんと同じく外見は日本人そのもの。だが、弱冠24歳という彼の口から出てくる国名は、普通の日本人ではどこにあるかもわからないものばかり。大学院ではスロヴェニア経済を専攻し、ウズベキスタンに留学し、現在は中央アジアの諸国やコーカサス3カ国を飛び回る。そうとびきりの国際派なのだ。

 日常会話は日本語をやり取りし、仕事では英語を操る。〝いろんな〟人がいる現代の日本人そのものだ。

ブリュッセルでASEMと同時開催されたASEF「ヤングリーダーズ・サミット」(C)ASEFYLS

▼少ない日本人の参加

 この4人が異口同音に「刺激的な経験とネットワークを得た!」と推奨するこのASEF「ヤングリーダーズ・サミット」とは、いったいどんなものなのだろう。これはシンガポールに本部を置くASEFが、若者に焦点をあてて開催するプログラムの一つで2016年に始まった。日本も加盟しているので、日本の若者には当然応募資格がある。

 「ヤングリーダーズ・サミット」は専門職に就く若者や大学生を対象としたもので、教育や雇用などに関連するアイデアや政策案を欧州とアジアの若者たちとともに考え、議論する。さらに、同時開催中のASEMに参加している政治リーダーたちに直接提言する機会が与えられる。参加者は、事前にオンラインの準備コースを受講する。そこで、ASEMそのものについてだけでなく、持続可能な開発目標(SDGs)や毎回のテーマなどについての理解を深めてから、現地でのワークショップ、講義、政治リーダーやビジネスパーソン、学者などを交えた討論などに臨む。ここで得たアイデアや知見を基に、プロジェクトを立ち上げ、スピンオフして発展させる可能性も開かれているという。第3回目となる今回のテーマは「今、求められるリーダーシップとは」だった。

 こんな素晴らしい体験と国際的なネットワークが得られる機会だが、日本では知名度が低く、応募者が極めて少ないのだと関係者から伝え聞いた。書類選考に通れば、渡航費も滞在費も不要。「絶対お薦め。応募しない手はないでしょう?」と4人は口をそろえる。「英語でがんがん主張し、議論できないと…」という池田さんに、「それなら、ASEFサマーユニバーシティに参加してみては? 私は今年初め、オーストラリアとニュージーランドで参加しました」と成松さん。

▼「純ジャパ」≠日本人

 テニスの大坂なおみ選手が、今年8月の全米オープンを制覇。見た目がどんなに日本人ぽくなくても、日本語がほとんど話せなくても、母親が日本人で、ウナギや抹茶アイスが好きな彼女が成し遂げたテニス四大大会初制覇は「日本人初の快挙」ともてはやされた。また、カメルーンで黒人の両親から生まれたタレントの星野ルネさんは、母親の再婚相手の日本人を父として日本で育ったという自身の子ども時代の経験をつづったコミックエッセー「アフリカ少年が日本で育った結果」を出版して、話題となっている。

 日本人であってもいくつものルーツやアイデンティティーを持つ人たちを、「混血」や「ハーフ」とやや侮蔑的に呼んだ時代もあった。1980年代以降は、西洋人とのハーフや外国駐在エリートの子女ばかりを念頭に「モデルのような美形とスタイル」や「バイリンギャル」ばかりがクローズアップされたものだ。だが、両親のどちらかが日本人でない人々は、国内での出生数だけで約90万人と推計されている。統計自体が存在しない日本国外で出生した人を含めれば、相当な数にのぼるはずだ。一方、日本人の両親から生まれ、日本国籍を持っていても、日本語は苦手で、そのまま外国生活する「日本人」だって少なくはない。アジア人とのハーフの場合は、見た目ではまったく区別もつかない。外国で外国人同士の子と生まれたって、日本で長く育ち、自らを日本人と感じている人も少なくない。

 地球上には、日本という国で生まれ、日本人の両親から生まれ、日本国籍で、日本語を話し、日本に住む「純ジャパ(純粋ジャパニーズ)」以外の幅広い〝いろんな〟日本人が現実として生きている。

 ASEF「ヤングリーダーズ・サミット」で出会ったこの4人も、日本人の代表として、自然体で生き生きと国際舞台で輝いてみえた。(ブリュッセル在住ジャーナリスト、佐々木田鶴=共同通信特約)

「ヤングリーダーズ・サミット」にはノルウェーの首相も参加。若者と議論を交した。=佐々木田鶴撮影

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